「高齢者食堂」が中国でひそかに広がりを見せている

 江蘇省南通市で訪問介護の仕事をしている「護理員」のKさんは、専門学校の高齢者サービス専科を出た人材だが、当初40人いた同級生は卒業後、ほとんど他の業界に就職した。高齢者の介護を仕事にしているのは、その1割にすぎなかったという。専門人材の長期確保は中国の介護事業にとっては、大きなネックとなっている。

 日本の介護保険制度は2000年に創設され、現在では約606万人が利用し、介護を必要とする高齢者を支える制度としてすっかり定着している。

 中国で、2016年からテスト的実施が始まった「長期護理保険」は、まさに日本の「介護保険」に当たる制度だ。現在は同保険の加入者数はすでに1億7000万人で、28の省・市・自治区の49都市をカバーしており、200万人近い人が被保険者としてサービスを受けている。中国の介護現場では、「長護理」または「長護険」と略して呼ばれることが多い。 

 しかし、長期護理保険は、寝たきりの高齢者を主要の保険対象とするなど、カバーする範囲が狭すぎると指摘されている。試験的実施を始めてすでに8年たった長期護理保険が、カバー範囲が広い日本の介護保険のようになり、中国全土に広がるまでには、まだまだ長い道のりを歩まなければならない。 

 高齢化社会が進む中国には、自分なりの工夫と創意で登場させたサービス業態もある。「社区食堂」、つまりコミュニティー・レストランだ。ここ数年、上海、北京、深セン、杭州、広州、南京、福州、西安、瀋陽などの大都市では、食事に対する高齢者の悩みを解消するために、社区食堂が5000軒ほど雨後のたけのこのように誕生した。だから、社区食堂は高齢者食堂を意味する「長者食堂」とも言われる。 

 地元行政の強いバックアップを受けたこともあり、栄養バランスの取れた食事を安価で提供することは社区食堂の強みになっている。60歳以上の高齢者は、食事代が2割引きされ、90歳以上の人は無料といったところもあれば、高齢者カードを提示すれば15%引きにする優遇策を打ち出した社区食堂もある。

 中には、喫茶店や図書館のようなシャレた空間の中で経営している社区食堂もあり、高齢者の食事を支える重要なインフラとして急速に認知されただけではなく、店舗内外を含む環境の良さと価格の安さで、新しいものに飛びつきやすい若者の心も引き寄せた。 

 もちろん、問題も露呈した。社区食堂は、地域行政の経済力に支えられる一面もあるため、地域行政同士の無言の競争舞台へとエスカレートしてしまった例もある。高齢化社会ならではの社会問題を解決するために考案された社区食堂は、中国のカラーが前面に出ている。

 これまでは中国出張の機会を利用して、話題になったいくつかの社区食堂をチェックしていたが、実際の利用はまだしていない。今度、中国出張の際には、各都市にある社区食堂を食べ歩いてみようと思っている。 

(作家・ジャーナリスト 莫 邦富)