ミャンマーには、「鈴木家」とか「佐藤家」のような「家」という概念が存在しない。つまり、名字がないのだ。その代わりに、多くの人が3つから5つの名前を持っている。今回ご登場いただくウィン・ミン・トウさん(44歳)も、じつは、「ウィン」「ミン」「トウ」のすべてが名前である。

 名字がないということは、仏教を信仰し、仏壇を拝んではいても、日本人のように「ご先祖様」を崇拝している訳ではないということだ。

 仏教と言えば、ミャンマーには、寺の僧が貧しい家の子どもたちに無償で「読み・書き・そろばん」を教える習慣が今もある。そのため、識字率は90%以上と、新興国の中ではかなり高い。

 バングラデシュ、インド、中国、タイ、ラオスと国境を接するこの国は以前、ビルマと呼ばれていたが、1989年、時の軍事政権により現在の国名へと変更された。ビルマ族をはじめ、カチン族やモン族など100以上の少数民族が暮らす多民族国家であり、2012年に民政移管されたのをきっかけに経済的にも大いに注目され、「アジア最後のフロンティア」とも呼ばれている。生産年齢人口が全人口の9割以上を占めるため、中国に代わる生産拠点としてだけではなく、消費地としての期待も年々、高くなっている。

 では、そんな成長著しい注目の国、ミャンマーからやってきたご近所さんの話に耳を傾けてみよう。

ミャンマー人は
「曜日占い」が大好き

――今日はわざわざ、ありがとうございます。ウィン・ミン・トウさんは来日して20年以上になると聞きましたが、日本に来るきっかけは何だったのでしょうか?

 1988年にミャンマーで民主化デモがあったでしょ、その時私、大学2年生で法律を勉強していたんですけれど、デモの影響で2年間、小学校から大学まで学校が全部閉鎖されちゃって勉強できなくなっちゃったんですよ。

 その頃、留学が流行っていたので、私も大学を中退して外国に行こうと思ったんです。最初はアメリカに行くつもりだったんだけど、父親に反対されて。「日本だったら許す」って言うもんだから。

――お父様はなぜ、「日本なら許す」と?

 同じアジア人だから、言葉通じなくても心通じる、と。だけど、最初はきつかったですよ。言葉、全然できなかったから。今でも漢字は難しいね。読めるけど書けないし、すぐに忘れちゃう。漢字は、書き順があるじゃないですか。あれが難しいね。