パリジェンヌがみんな産後にやっている考えもしなかったこと

 ちょうど同じ時期に産休で会社を離れていた同僚がいました。マーケティング部門に勤めているアリスです。彼女が手掛けるバッグは必ず大当たりするという、いわゆる「デキる女」のアリスは私が出産した3週間後、同じ産院で男の子を産んでいました。

 私はある日、昼休みを利用して彼女の家を訪ねることにしました。出産祝いを渡すという名目もありましたが、何よりも新米の働く母親どうし、授乳や夜泣きに関する苦労や悩みを語り合いたかったのです。

 ところがどうでしょう。

「ね、あれ、やってる?」

 アリスは開口一番に聞いてきます。てっきり母乳の話かと思って、

「もちろん!」

 と即答した私ですが、全くの見当違いでした。アリスが言及しているのは、母乳のことではありません。彼女が持ち出してきたのは、パリジェンヌがみんな産後にやっていることですが、私は考えもしなかったことです。

 それは骨盤底筋体操です。俗に言う、膣トレです。

パリジェンヌは産後のセルフケアを怠らない

 フランスではこの膣トレが保険診療の対象ともなり、産後に助産師や「キネ」と呼ばれる理学療法士に指導してもらうのが一般的です。私も産院で勧められていた記憶はありましたが、授乳に精一杯でそんなことにまで頭が回っていませんでした。そう、私にとっては「そんなこと」だったのです。

 アリスは先ほどからその話ばかりしています。膣トレをして下腹部がみるみる引き締まってきたこと。インナーマッスルが鍛えられて腰痛も解消したこと。ズレてしまった骨盤もきちんと元に戻るらしいから、続けるのが肝心なこと。まるでマーケティングのプレゼンをしている時みたいに、アリスは理路整然と、そして熱心に語っています。私など口を挟む暇もありません。

 アリスの家を後にした私はしばらく考え込んでしまいました。いい母乳が出るように食生活に気をつける以外、自分のケアなんてこの数ヵ月、すっかり忘れていた私です。我が子のことで頭が一杯。自分のことなんか「どうでもいい」とすら思っていました。

 アリスに限らず、パリジェンヌは産後のセルフケアを怠りません。赤ん坊の健康管理と同じくらい、自分の身体のダメージ、そして心身の不調に細心の注意を払います。無痛分娩が当たり前のフランスですが、それでも数ヵ月に及ぶ妊娠期間、そして出産は身体にかなりの負担をかけるものとされ、「自分を労るため」の努力は惜しみません。産休はそのための期間であるという認識があるくらいです。

「自分らしい身体に早く戻りたいのよ。母親である前に、私は私だから」

 そう言い切るアリスは、自己犠牲をしてまで子育てをする気はないと言います。言い方を換えれば、パリジェンヌは母親になっても、私のように天動説がひっくり返るようなことはないのです。

 宇宙はいつだって自分を中心に回っています。

※本稿は『パリジェンヌはすっぴんがお好き』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。