社長の表の顔、裏の顔
今回は、番頭さんに非があるわけではなく、会社側の問題によって短期で退職となった事例を紹介する。入社前後のショック(図表)が大きいと、早期退職という結果になりやすい。会社の実情をよく把握できていなかったわれわれにとっても苦い経験となった。
東京に、韓国の食材を取り扱う貿易会社があった。折からの「韓流ブーム」に乗って順調に業容を拡大し、輸入・卸にとどまらず、自社で外食店舗を展開するようになった。ショッピングモールや駅ナカに出した韓国料理店はどれも、行列ができる店になった。そこで、社長は株式上場を目指し、管理部門強化のために上場準備の経験のある経理・財務の責任者を求めた。
われわれは、40代後半で政府系金融機関から事業会社に転職し、管理職として上場実務を経験したAさん(60代)を紹介した。Aさんは中小企業診断士の有資格者で経理・財務を熟知しており、面接では「粘り強くがんばれることが長所」と語っていた。
ところが、Aさんがこの貿易会社に入ってみると、経理課長が退職を申し出ているほか、退職を考えている管理部職員が複数いることが判明した。実は前年にも管理部職員が全員退職しており、管理部在籍者の最長社歴は6カ月と極端に短かった。管理部だけでなく、直営店舗でも従業員が1~数日で辞めることは珍しくなかった。後継者としてマーケティングの責任者を務めていた社長のおいも、数カ月前に辞めていた。
退職理由は表向き「一身上の都合」だが、社内で繰り返される社長の叱責・罵倒、社長からの法令上問題のある指示などが本当の退職理由と考えられた。Eメールのやりとりの中で、Aさんの元気がだんだんなくなっていくのが文面から分かった。結局、粘り強さが持ち味のAさんでも4カ月で退職した。
この事例で意外だったのは、社長が小柄で柔和なイケメンで、とても職員を罵倒したり、法令違反の指示を出したりするような人物には見えなかったことだ。法令違反をするような会社に人材を紹介することはできないが、強烈な個性があり強いリーダーであるからこそ、一代で数十億円規模の企業を作り上げたとも言えるかもしれない。
取引先や銀行に見せる表の顔と、役職員に見せる裏の顔が大きく違うという話は、中小企業の社長にはよくある。番頭さんもそれを覚悟して、社長との信頼関係を築かなければならない。