点字のメニューがもたらした「嬉しい光景」

 それは、ある日の夜のラウンジに、6人の女性がお越しになったときのこと。その内のひとりが目の不自由な方で、ご友人の腕に掴まって席に着きました。

 来店のお礼を伝え、おひとりずつメニューを手渡していると、そのお客様は申し訳なさそうに「私は目が見えないので……」と言いました。すかさず「点字のメニューも用意がございます」と差し出すと、お客様はたいへん驚いた様子で手に取り、喜んでくださいました。

 さらに嬉しかったのは、その後の光景を見たときです。「このお酒、面白いね!」「私はこれにしよう」と、目の不自由な方も一緒になってメニューの話で盛り上がっていたんです。その楽しそうな姿を見て、思わず目頭が熱くなりました。

5年越しに叶った「願い」

 しばらく経ってご注文を伺うと、そのお客様は笑顔で「私はチョコレート・ラブ・マティーニを」と注文されました。
 食後に挨拶に伺い、点字の名刺をお渡しすると、「こんな対応をしていただけるなんて思ってもみませんでした」と、満面の笑みでお礼も言っていただきました。
 そして、続けてこう言われました。

「ずっと来たいと思っていたんですが、ひとりで行くには敷居が高くて、でも友達と行って迷惑をかけるのも嫌で……」

 同行者に迷惑をかけるかもと心配しているうちに、5年が経っていたそうです。データを見て需要がないとばかり思っていましたが、そうではありませんでした。

行きたくても、行けなかったのだ」

 それがわかり、申し訳なさでいっぱいになりました。それでも、そのお客様は最後に笑顔で言ってくれました。

「来てもいいんだってわかりました。だから、また必ず来ます」

 この言葉は、今でも僕の心に残っています。

言葉に表れていない願望を叶える

 ご夫婦で訪れたあの目の不自由な男性は、しかたなくアイスコーヒーを頼んだのか。真意はわかりません。ですがそこから仮説を立て、点字のメニューを作って提案したことで、ひとりのお客様に思いがけない感動を与えることができました。

 お客様の要望が、つねに言葉に表れているとはかぎりません。
 言いたいけど、言い出せないこと。
 提案されて、初めて自分がそれを求めていたと気づけること。
 さまざまな形があります。

「この人は、こういうことに困っているんじゃないかな?」 
「こういう願望を抱いているんじゃないかな?」

 相手の言動を観察して仮説を持てたら、たとえ言葉には表れていなくても、こちらから積極的に働きかけていく。これが、心を動かすためには欠かせないことなのです。
 リッツ・カールトンではこのような「仮説に基づく積極的な提案」を大切にしていました。

(本稿は、『記憶に残る人になるートップ営業がやっている本物の信頼を得る12のルール』から一部抜粋した内容です。)

福島 靖(ふくしま・やすし)
「福島靖事務所」代表。経営・営業コンサルティング、事業開発、講演、セミナー等を請け負う。高校時代は友人が一人もおらず、18歳で逃げ出すように上京。居酒屋店員やバーテンダーなどフリーター生活を経て、24歳でザ・リッツ・カールトン東京に入社。31歳でアメリカン・エキスプレス・インターナショナル・インコーポレイテッドに入社し、法人営業を担当。当初は営業成績最下位だったが、お客様の「記憶に残る」ことを目指したことで1年で紹介数、顧客満足度、ともに全国1位に。その後、全営業の上位5%にあたるシニア・セールス・プロフェッショナルになる。38歳で株式会社OpenSkyに入社。40歳で独立し、個人事務所を設立。『記憶に残る人になる』が初の著書となる。