「リッツ・カールトンが大事にしていた考え方があります」
そう語るのはアメリカン・エキスプレスの元トップ営業である福島靖さん。世界的ホテルチェーンのリッツ・カールトンを経て、31歳でアメックスの法人営業になるも、当初は成績最下位に。そこで、身につけた営業スキルをすべて捨て、リッツ・カールトンで磨いた目の前の人の記憶に残る技術を実践したことで、わずか1年で紹介数・顧客満足度全国1位になりました。
その福島さんの初の著書が記憶に残る人になるです。ガツガツせずに信頼を得る方法が満載で、「人と向き合うすべての仕事に役立つ!」「とても共感した!」「営業が苦手な人に読んでもらいたい!」と話題。この記事では、本書より一部を抜粋・編集し、著者がリッツ・カールトン時代に「目の不自由なお客様から学んだこと」を紹介します。(構成/石井一穂)

【リッツ・カールトン流ホスピタリティ】男性の方が目が不自由な、一組の夫婦が来店した。女性はアイスコーヒーを頼み、男性も「同じものを」と注文した。この光景に違和感を覚えたホテルマンがとった行動とは?Photo: Adobe Stock

「同じものを」の注文に感じた違和感

 ホテル6年目、僕がいたラウンジに一組のご夫妻が来店したときのことです。メニューを持っていくと、男性の目が不自由だということに気づきました。視覚に障がいのあるお客様を接客した経験がなかったため、戸惑いながらも、お2人に一冊ずつメニューを出して下がり、様子をうかがっていました。

 すると男性はメニューに手も触れず、女性とお喋りをしています。女性がメニューを閉じ、テーブルに置いたタイミングでご注文を伺ったところ、女性は「アイスコーヒー」、男性も「同じものを」と注文されました。

 なんの変哲もない光景ですが、その日の帰り道、僕はずっとひとつのことを考え込んでいました。

「あの男性は、本当にアイスコーヒーを飲みたかったのだろうか……」

 リッツ・カールトンのラウンジには、ノンアルコールのドリンクだけでも30種類を超える品揃えがありました。

本当は好きなものを選びたかったけど、相手の女性に説明させることを心苦しく感じて、女性と同じアイスコーヒーにしたのではないか」

 真意はわかりませんが、僕はそんな仮説を立てました。

「点字のメニュー」をつくろうと決めた

 どうすれば目の不自由なお客様にも楽しんでもらえるのだろう。考えた結果、「点字のメニュー」を作ろうと決めました。
 ですが、簡単なことではありませんでした。翌日、ホテルの備品を扱う部署に相談したところ、

「メニューを外注すると高額な費用がかかる」
「メニューの更新は頻繁なので、その度に作ることは難しい」
「顧客データを調べても、視覚障がいのあるお客様はほぼいない」

 といったことがわかり、さすがのリッツ・カールトンでも決裁がおりませんでした。でも諦めきれない僕は、自費で購入した「点字のテプラ」で透明の点字テープを作り、メニューと自分の名刺に貼りました。

 しかしそれ以来、視覚障がいのあるお客様は一向にお越しになりません。

「やっぱり、需要はなかったのかもしれない」
「無駄な努力だったのかもしれない」

 諦めかけていましたが、ある日、ついにそのときがやってきました。