山の天気は地形に大きな影響を受けるため
スーパーコンピュータの「数値予報」だけでは精度が低い

「無料」か「有料」かというより、「一般に公開している」か「会員向けなどの特定の人に向けている」かによる違いが大きいです。

――どういうことでしょうか。

 天気予報を発表するのには、気象庁の許可が必要です。現在、多くの人が見る気象情報サイトがなぜ一般向けに発表できるかというと、ABCという登山指数で示しているため、気象庁から「予報」と見なされていないからです。

 特定の人に向けた予報の場合は、通常の気象会社であれば、許可を取ることは難しくありません。一方で、一般の人に向けて山頂などの予報を発表するには、厳しい規定があります。

――特定の人向けの予報よりも、一般の人向けの予報のほうが、許可を取るハードルが高い。となると、一般の人向けの「無料」サービスのほうが精度が高くなってもおかしくなさそうですが……。

 そうなっていないのは、「天気予報を作る仕組み」が関係しています。

 今はほとんどの天気予報は、平地でも山でも、「数値予報」という、気象庁のスーパーコンピュータが計算した結果を、各気象会社が自動的に変換して作っています。変換する式は「アルゴリズム」といって、気象会社によって異なるため、気象会社によって予報が少しずつ異なるのです。

 自動的に発表される予報のメリットは、一度に数多くの地点の予報を同時に送れることと、予報の更新間隔を短くできることです。平地や山のふもとの場合は、このやり方でも、ある程度の精度で予報を出せます。

 しかし、山中は、数値予報で使われているモデルと地形が異なってくるんです。風の強さや風向きなどの山の天気は、地形に大きく影響を受けるため、自動化してしまうと、予報精度が下がる傾向にあります。ABCによる登山指数は、どのような気象条件のときに「A」や「C」になるのか、ということが記されていませんし、山ごとの特性が反映されていません。絶好の登山日和なのに、数値予報の計算結果によって「C」と見なされてしまうこともあります。富士山であれば危険な風速でも、高尾山など樹林帯の山は風の影響が少ないため、風速は予想値よりずっと弱くなることもあります。

「富士山の天気」として一般に公開されている予報の多くは、ABCによる登山指数、または、富士宮市や富士吉田市といった山麓(平地)の地域の天気です。富士山って、下と上とでまったく異なる天気になっていることがよくあるんですよ。下の天気が良くても上は悪天候だったり、逆に夏は、登山口は雨が降っていても、5合目より上は晴れていて風も弱いということも結構ある。でも、山麓の天気がC判定や雨予報になっていると「富士山は天気が悪い」と判断してしまうんです。

――確かに、富士山周辺の街の天気が悪いと、これはだめかなと思ってしまいますね。雷のデータというのも、勝手に出してはいけないのですか。

 はい、雷の予想も予報業務にあたりますので、天気予報と同じ考えです。

体内の水の循環を良くして高山病のリスクを減らす
ケチらずにトイレはどんどん行こう

――最後に、高山病対策を教えてください。

 何より水分をたくさん取ることです。山ではトイレを我慢する人も多いのですが、我慢せずに、トイレに行っておしっこをいっぱい出す。標高が高い所へ行くと、どうしてもむくんできてしまうので、体内の水の循環を良くすることで高山病になるリスクを減らします。

 富士山にはトイレがたくさんありますが、有料なので、100円玉は多めに持っていったほうが良いかと思います。有料だからと節約のためにトイレを我慢し、高山病になれば、下手すれば命に関わることだってあります。それを考えると、ケチらずにトイレはどんどん行くべきです。

 あとはペースが非常に重要です。富士山初登山の特に若いかたに多いのですが、駅の階段を上るかのように、結構なスピードで進んでしまう人がいる。先がどのくらい長いかがわからない状態なので、全体のペースがつかめないんですね。すると、早ければ7合目、遅くとも8合目のどこかでへばってしまいます。

――8合目以降になると、道ばたで横たわっている人、結構多いですね。私も最初に登ったときはそうなりました。

 最初は、一緒に登る人たちと会話しながら、息が乱れないペースで登っていきます。とにかく焦らず、ゆっくりゆっくり登っていく。その際、おしゃべりしていると呼吸が浅くなるので、心配なかたは、なるべく呼吸法を意識しましょう。息を吸うほうを意識して過剰に吸うと過呼吸になってしまうので、特に息を吐くほうを意識します。ろうそくの息を指にフーッと吹きかけるように、腹筋を使って、深く呼吸をします。それを時々行う。そうして登っていけば、自然と程良いペースで登ることができます。

――登りと下りでは、どちらのほうが高山病になりやすいのでしょうか。

 登りのほうが呼吸が苦しくなり、酸素を多く必要とするので、登っている途中で高山病になる人が多いですが、下りで症状が出ることもあります。私のおいっ子が小学校のときに富士山に登りましたが、彼は下り初めてから症状が出ました。ただし、下りの場合は標高を下げていけば、やがて症状はおさまります。

――確かに下りでも、道ばたに横たわっている人が結構多かった印象です。やはり富士山に登る前に、事前にほかの山に登って練習しておいたほうが良いでしょうか。

 それはもちろんそのほうがいいです。いきなり富士山に登るというのはきついですからね。どれだけ歩くと疲れてくるとか、自分の歩くペースをつかむ意味でも、事前に練習するに越したことはありません。山に登ると、自分の体はどういうふうに反応するのか、体調はどうなるのか、なかなか把握していないものです。それなのに、日本で一番標高が高くて高山病になりやすい山にぶっつけ本番で登ったら、そりゃ体調を崩しますよ。

 最初は、関東であれば高尾山(東京都)に登って練習し、そこから1500メートルぐらいの丹沢山(神奈川県)に登ってみたり、関西であれば六甲山(兵庫県)や金剛山(奈良県〜大阪府)、中国・四国であれば大山(鳥取県)など、そういった山に登って練習しておくといいですね。履いていく靴が靴ずれするのかや、こんなに暑くなるんだ、こんなに汗をかくんだとか、服選びの参考にもなるはずです。

――アメなどで意識的に塩分を取ったほうがいいですよね。

 そうですね。塩分は大事です。登山中は脱水が進んでしまう。おしっこが少しでも黄色くなると、脱水が起き始めています。今は「オーエスワン」といった経口補水液がコンビニやスーパーなどで売っています。経口補水液は塩分、電解質が含まれているので、熱中症の予防や脱水症状の改善につながります。

――スポーツドリンクとどう違うのですか。

 スポーツドリンクは甘すぎるのと、経口補水液のほうが体への吸収がいいんです。少し高いですが、ツアーのお客さんが熱中症になりそうなときには、経口補水液をたっぷり取ってもらいます。ただ、味が苦手な人もいるので、経口補水液を取らない場合は、塩あめや塩キャラメル、梅干しなどで小まめに塩分を取ることが大事です。もちろん水分も。あるいはスポーツドリンクを水で薄めてもいいですね。

 あとは行動食があるといいですね。雨風で体温を奪われがちなので、即効性のあるブドウ糖や、長時間持つ炭水化物など。ブドウ糖であれば、チョコレートやアメなど。どら焼きとか大福など両方を含む食べ物はなおいいですね。それらをポケットなど出しやすい所に入れておいて、ちょこちょこつまめるようにしておくと、カロリー不足にならなくていいです。富士山には売店があり、バナナを売っていたりもしますので、途中で補給することもできます。

 ただ、バテてくると食べ物を受け付けなくなることもあるので、「ウイダーinゼリー」、今は名称は「inゼリー」ですが、こうした飲みながらカロリーを取るタイプのものもあるといいかもしれません。少し荷物は重くなりますが。顆粒にして水に溶かすタイプもあります。あるいはTHERMOS(テルモス/サーモス)のような保温性のある容器に、温かくて甘い飲み物を入れておくと、食欲がなくても糖分などを取ることができます。

 事前に練習しておくことで、暑いと食べられない、バテると食べられない、歩いているとどら焼きのようなモサモサしたものよりも羊羹(ようかん)のほうがいいな、とか、そういうこともわかってくるはずです。

――とても参考になりました。本記事を読むことで、少しでも多くの人が、富士山の登山を安全に楽しめればと思います。ありがとうございました。