資産中心の経済から
価値中心の経済への転換

 世界中の各国政府が、揺るぎない経済発展を、国民すべてに、ひいては国全体に行き渡らせるチャンスを探している。機械学習の急速な発展、そこから生まれた新世代のAIによって、経済の持続的発展を国全体に行き渡らせるという課題はいっきに緊急性を増している。

 一部の政府は、制度に基づく経済発展理論に触発され、世界銀行が発行する報告書「ビジネス環境の現状」(2021年に休刊)におけるランキングを向上させることに注力するか、その他の方法によってその管轄区域がFDI(海外直接投資)に最適であることを示してきた。一方で、アイデアに基づく経済発展理論に影響を受け、学術インフラや基礎研究への投資に重点を置いている国もある。

 こうした努力は称賛に値するが、市場創造イノベーションに投資するというコミットメントがなければ、こうしたプログラムが経済の持続的成長と真の経済発展にはつながらないことを、歴史が証明している。

 有名なオーストリアの経済学者、ヨーゼフ・シュンペーターの著作『資本主義、社会主義、民主主義』(東洋経済新報社)によると、エリザベス1世は絹のストッキングを持っていたという。

 資本家の真骨頂とは、女王に絹のストッキングを提供することではなく、工場で働く少女たちの日々の努力を減らし、彼女たちでも手の届くストッキングを開発することである。このプロセスは、けっして偶然ではなく、そのメカニズムによって大衆の生活水準をだんだんに高めていくものである。

 ビル・ゲイツは、2007年のハーバード大学の卒業式でのスピーチで「人類の最大の進歩は、その数々の発見ではなく、これらの発見がいかに不公平を減らすために応用されるかにある」と述べている。

 何より重要なイノベーションは、すでに十分なサービスを享受している人たちにわずかな改善をもたらすものではなく、ともすると排除されてしまう大多数の人たちに新しい可能性を開くものである。そして素晴らしい発見とは、そのイノベーションが正しく適用されることで、全人類がより健康的な生活、より大きな自由、みずからを定義する機会を拡大するものである。

 既存のプラットフォームを基盤とするビジネスモデルは、中央が情報を所有し、中央に価値を誘導するものだが、かたやブロックチェーンを基盤とするビジネスモデルは、分散して情報を所有し、顧客や市民たちのいる周縁へと価値を誘導する構造になっている。つまりブロックチェーンは、市場創造イノベーションと制度の進歩を実質的に関連付ける。所得の再分配は一時的で、争いが絶えないが、そのための手段ではなく、抜本的かつ持続的な価値の再配分を通じて不公平を是正する手段となるのだ。

 これまでの事例で説明したように、起業家やイノベーターたちが率先してブロックチェーン上で市場創造イノベーションを実現していく限り、ブロックチェーンによって経済発展は促進されるだろう。ただしそのプロセスは一筋縄ではなく、予測不可能であろう。

 新興技術(エマージングテクノロジー)の場合は常にそうだが、公共の利益とビジネス上の目的は、単一の計画や指示ではなく、無数の個々の選択の中で時間をかけて整合されていく。さらに言えば、このプロセスの拡大に影響を及ぼすのは、ブロックチェーンイノベーターが利用できる新しいアイデアの多寡ではなく、我々一人ひとりが「自分たちは何者なのか」を真に理解し、新しい形の社会貢献から利益を享受できるか否かである。

 ミシンと携帯電話の例は、人間による創造と人間同士のつながりに新たな形をもたらしたように、ブロックチェーンを基盤としたビジネスモデルは、「自分は何者なのか」は仕事によって、また「自分は裕福かどうか」は資産によって定義されるという20世紀の考え方がもはや時代遅れであることを突き付ける。翻せば、おのれのアイデンティティは再び人間関係によって形づくられ、富は能力によって定義されるという、新たな世界を受け入れる必要がある。

 そして進歩への道は、これまで通り、制度設計やアイデアではなく、市場創造イノベーションによって拓かれる。

 

翻訳|岩崎卓也(ダイヤモンドクォータリー編集部 論説委員)

©2019 Clayton M. Christensen, Efosa Ojomo, Gabrielle Daines Gay, and Philip E. Auerswald.
The article is published in Innovations: Technology, Governance, Globalization, Winter- Spring 2019 of MIT Press.