誰がためにイノベーションはあるのか?

クレイトン M. クリステンセン
Clayton M. Christensen
エフォサ・オジョモ
Efosa Ojomo
ガブリエル・デインズ・ゲイ
Gabrielle Daines Gay
フィリップ E. アウエルスワルト
Philip E. Auerswald

『イノベーションのジレンマ』(翔泳社)で知られるクレイトン・クリステンセンは、2020年1月23日、67歳で他界した。今回紹介する「第3の解」という論稿は、亡くなる1カ月前、MITプレスが発行する経済ジャーナル『イノベーションズ』誌に掲載されたもので、これまで未訳のままだった。
本稿では、「市場創造イノベーション」をコアコンセプトに掲げ、従来のイノベーション理論と比較しながら、このコンセプトの妥当性を検証していく。その際、市場創造イノベーションの事例として、シンガーミシン、ナイジェリアの携帯電話会社セルテル、日本の交通システム、ヨーロッパの議会・裁判所、アメリカ食品医薬品局、ノリウッドを紹介した。そして最後に、同じ文脈でブロックチェーンの可能性について議論し、なぜ市場創造イノベーションに挑戦すべきか、その妥当性を再確認する。

誰がためにイノベーションはあるのか?

*〈連載④〉はこちら

医薬品サプライチェーン改革

クレイトン M. クリステンセン
CLAYTON M. CHRISTENSEN
ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)教授。ブリガムヤング大学経済学部卒業後、オックスフォード大学で経済学修士、HBSでMBAならびにDBA(経営学博士)を取得。その後、ボストンコンサルティンググループに転じ、1992年にHBS教授陣に参画。主な著書に『イノベーションのジレンマ』(翔泳社、2001年)、『イノベーション・オブ・ライフ』(翔泳社、2012年)が、また共著に『イノベーションへの解』(翔泳社、2003年)、『教育×破壊的イノベーション』(翔泳社、2008年)、『イノベーションのDNA』(翔泳社、2012年)、『イノベーションの最終解』(翔泳社、2014年)、『ジョブ理論』(ハーパーコリンズ・ジャパン、2017年)、『繁栄のパラドクス』(ハーパーコリンズ・ジャパン、2019年)がある。2020年1月23日(67歳)没。

エフォサ・オジョモ
EFOSA OJOMO
ハーバード・ビジネス・スクールのシニアリサーチフェロー。ナイジェリア出身。またクレイトン・クリステンセン・インスティテュート・フォー・ディスラクティブ・イノベーションのグローバル・プロスペリティ・リサーチ・グループのリーダーを務める。共著に『繁栄のパラドクス』(ハーパーコリンズ・ジャパン、2019年)がある。

ガブリエル・デインズ・ゲイ
GABRIELLE DAINES GAY
ユタ大学エクレス・スクール・オブ・ビジネスならびに同大学センター・フォー・メディカル・イノベーションの顧問。また、本稿で紹介されているエンサイン・カレッジ・ガーナ校の元COO。

フィリップ E. アウエルスワルト
PHILIP E. AUERSWALD
ジョージメイソン大学シャール・スクール・オブ・ポリシー・アンド・ガバメント(政策・行政学部)教授。本稿が掲載された『イノベーションズ』誌(MIT Press)の共同編集長。

 悲惨なことに、アフリカ大陸は偽造医薬品の捨て場になっている。2017年のWHO(世界保健機関)の報告書によると、低・中所得国では、少なくとも10品目に1品目が規格外もしくは偽造医薬品と推定されている。

 たとえばナイジェリアでは、2007年現在で抗マラリア薬の少なくとも64%がそうであった。ガーナの国民保健サービスの元事務局長は、同国の棚に並ぶ薬剤の3分の2までが劣化品か偽造品であると推定しているが、サプライチェーン上の正確なデータが存在しないため、精緻化は難しいと指摘している。

 医薬品市場に悪質な業者が集まるのは、いまに始まったことではない。製薬業界では、医薬品の高価格化がしばしば起こる。医薬品サプライチェーンは複雑で、しかもばらばらであり、医薬品が本物かどうか、消費者(その多くは貧困層で、選択肢が少ない)がほとんど評価できないことなどから、とりわけ騙されやすい。

 ブロックチェーン技術の分散型アーキテクチャーは、医薬品サプライチェーンにおけるトレーサビリティ(追跡可能性)と透明性を担保しうる。

 チェーン・オブ・カストディとは、原材料、製造、流通、保管、販売、購入に至る一連の情報を収集・記録し、不正を防止するものだが、医薬品の場合、そのログ(記録)から、医薬品の製造元だけでなく原材料の供給元まで追跡できる。許可されたログは、原材料の調達、製造、包装、登録、調達、流通の最終段階を通じて、医薬品を追跡できる。したがって、医薬品が本物かどうか、すなわち確信を持ってその真正性(しんしょうせい)を判断できる。

 ブロックチェーン技術がもたらす変革のポテンシャルは極めて大きく、数百万人の命に影響を及ぼし、数千人の命が救われる可能性がある。この場合も、市場創造イノベーションと、それを管理する制度は本質的に同じである。