私は周りの状況を俯瞰しながら、ストーリーを組むことが得意なんだと思います。蜘蛛の糸作戦を成功させるために、どういうストーリーだったらホンダがF1に復帰しやすくなるかというのは常に頭にありました。それに経営陣がF1復帰を考え始めたときには、彼らが役員や株主などを納得させるためのストーリーが必要になると思っていました。

 F1や量産車の開発は、組織の垣根を越えて、いろんな人が関わっています。リーダーとして数多くのスタッフを束ねて動かしていくためには、このストーリーをつくる能力は必要不可欠だと思います。

技術者にはヒーローに
なってほしい

 私は第4期のF1プロジェクトでは、部下や協力してくれた人間のモチベーションを上げるために積極的にメディアに出ました。ストーリーをつくってメディアが伝えやすいような話題を提供し、技術者をヒーロー(主役)にしていきました。これは簡単なことではありませんでしたが、多くの技術者がメディアに取り上げられ、彼らの仕事に向き合う姿勢も大きく変わったと思います。

 技術者がヒーローになることはなかなかありません。新車発表会のときに開発責任者のLPL(編集部注/Large Project Leader=ホンダの役職の1つ)が表に出ることはありますが、それ以外で技術者が取り上げられることはほとんどないのです。

 カーボンニュートラル燃料を開発した本田技術研究所の橋本公太郎は能力的には大学で学者になれるような人間で、実際に彼は学会では知られた存在です。でも世に名前が出る機会は少ないので、F1のタイトル獲得に貢献したという取材を受けて喜んでいました。

 私がホンダに入社しようと思ったのは、技術者がヒーローになれそうな会社だと感じたからです。そういう思いでホンダに入社してきた私としては、技術者はみんなヒーローになってほしいという気持ちがありました。

 注目度の高いF1だからこそ、技術者たちがヒーローになれたと思いますが、ホンダという企業は本田宗一郎さんが創業したときから技術者が主役となって会社を牽引し、成長してきました。そういう意味でも技術者が主役になれるF1は、今でもホンダにとってとても重要な挑戦だと私は思っています。