F1で自社開発したバッテリーの技術は特許を取得しました。普通、レースではライバルに何をしているのかバレてしまうので、特許は取りません。それでもあえてそうした理由は、F1で培ったバッテリーの技術やノウハウをホンダの将来技術に結びつけたいという思惑があったからです。

 新しいバッテリーの鍵になったのは、炭素原子が筒状につながったカーボンナノチューブという素材です。電極に電気を伝えやすいカーボンナノチューブを採用することで、電気抵抗だけでなく、発熱も減ります。発熱したら冷却が必要になるためエネルギーを無駄に捨てることになります。発熱しなければ使える電気の量は一気に増え、冷却の問題もなくなり、一石二鳥です。

 電気自動車のバッテリーは、電気を長時間出力することが求められます。航続距離を延ばすには大容量のバッテリーが必要ですが、そのためには電気が熱エネルギーに変わらないほうがいいのです。

 eVTOLやロケットは瞬間的に大量の電流を流して高出力を出さなければならないので、エネルギーのロスはもっと切実です。F1で培った技術で開発した新バッテリーは、ホンダが研究開発しているさまざまな分野で活かすことができるはずです。

世界で売る新車をすべて
電気自動車と燃料電池車に

 カーボンニュートラル燃料にも同じことがいえます。ホンダが開発する航空機ホンダジェットにしても将来、燃料をどうするのかという問題は避けて通ることができません。ホンダは2024年には世界で売る新車をすべて電気自動車と燃料電池車にするという目標を掲げています。でも大陸間を移動するような航空機が全部バッテリーで空を飛べるようになるとは思えません。F1で使用しているカーボンニュートラル燃料の技術がホンダジェットの未来に必ず役立つだろうと私は考えています。

 そういうことをさまざまなメディアで話しましたが、それもすべて蜘蛛の糸作戦です。F1に復帰しやすいストーリーを考え、社内と世の中の雰囲気を変えていくという目的を達成するためです。そこは結構、うまくいったと思っています。