ここ数年ますます過熱する中学受験。受験層の広がりに伴い、選抜方法も従来の四科目型ばかりでなく、一科目・二科目型や特殊入試など様々な方法が広がっている。これは中学・高校で「探究」学習が重要視され、大学受験で総合型選抜などが増えていることとも無関係ではない。本記事では、安浪京子著『大逆転の志望校選びと過去問対策 令和最新版』に取材協力いただいた知窓学舎・塾長の矢萩邦彦先生と安浪氏の対談で特殊入試の実態などについて掘り下げる。(構成 ダイヤモンド社書籍編集局 井上敬子)

【中学受験】プレゼン入試、YouTube入試…。人気上昇中の「特殊入試」の落し穴Photo: Adobe Stock

中学受験の過熱で、競争が激化しているのは「中堅校」

矢萩邦彦(以下、矢萩):最近、中学受験の加熱とともに中学受験層が広がり、保護者もなんとなく参入してきてる人が増えています。

安浪京子(以下、安浪):そのため「中堅校」の競争が激化して、合格最低点がどんどん上がっています。

矢萩:そんなにいきなり人気出ちゃって大丈夫かな、っていう学校もありますね。

【中学受験】プレゼン入試、YouTube入試…。人気上昇中の「特殊入試」の落し穴安浪京子
算数教育家/中学受験専門カウンセラー/株式会社アートオブエデュケーション代表取締役/オンラインサイト中学受験カフェ主宰/気象予報士
神戸大学を卒業後、関西、関東の中学受験専門大手進学塾にて算数講師を担当後、独立。プロ家庭教師歴約20年超。きめ細かい算数指導とメンタルフォローをモットーに、毎年多数の合格者を輩出。きょうこ先生として様々なメディアで活躍中。

安浪:合格最低点が上がるということは、受験する側は解答の精度を上げなければならない。でも中堅校や標準校志望の子に、「精度をあげる」ための指導をすることが果たしてよいのか、迷うことがあります。
たとえば、「つるかめ算」を、なぜこの式で解くのか理解できていなくても、点数取るにはこう覚えてっていう指導にならざるを得ない。合格最低点がもうちょっと低い時なら「なぜか」までを考えさせて、余裕をもって勉強を進めることができたのですが……。

矢萩:考える力がまだ育ってない子に、考えないといけない問題を解かせるには、パターン暗記しかないですからね。でも、そうするといちばん怖いのが「嫌いになる」こと。意味が分からないから面白くない。面白くないから嫌いになる。1回、勉強が嫌いになると、中高に進んでも主体的に勉強しなくなるので、やりたいことがずっと見つからなくなる可能性があります。

安浪:そうなんです。偏差値至上主義がいいわけではないけど、本来、中学受験は 、勉強が得意で普通の学校じゃ物足りないという子達が中心だった。でも、今は考えることや勉強が苦手な子も参入していますからね。

矢萩:進学校の中学の理科の先生がよく言うのですが、大手の進学塾から来た子たちは「 実験」を真面目にやらない子が多くて辛いと……。すべて「結果ありき」で「実験なんて無駄」という態度らしいです。彼らの中での合理性とは「実験しなくてもわかる」ことで、「実験してそうならないなら、実験のほうが失敗ですよね」「はい、論破!」みたいな感じだと(苦笑)。

安浪:それは頭に来るかも(笑)。答えありき、結果ありきの弊害ですね。

中学入試の選抜方法は多様化の一途

安浪:一方で、中学受験の裾野の広がりに伴って、入試の選抜方法も多様化していますよね。従来の四科入試に加え、算数や国語の一科・二科入試や、YouTubeや、特技のプレゼンテーションなどで選抜する「特殊入試」も増えています。

【中学受験】プレゼン入試、YouTube入試…。人気上昇中の「特殊入試」の落し穴矢萩邦彦
アルスコンビネーター/実践教育ジャーナリスト/知窓学舎 塾長/多摩大学大学院 客員教授
1995年より教育・アート・ジャーナリズムの現場でキャリアを積み、1つの専門分野では得にくい視点と技術の越境を探究する。2万人を超える直接指導経験を活かし「すべての学習に教養と哲学を」をコンセプトに「探究×受験」を両立させる統合型学習塾『知窓学舎』を運営。中学受験の特殊入試にも詳しい。

矢萩:そうですね。ただ、うまく行っているところも、そうでないところもあります。本来、従来の入試では測れない能力を持つ子のための入試ですが、実際にその子たちが入ってきても、学校の授業や評価基準は従来型の入試で入ってきた子を対象にしているところも多い。特殊入試で入ってきた子たちのケア体制ができていないと、結局、不登校になったり、うまく回らなくなったり。そういう問題が起き始めているところもありますね。

安浪:なるほど。うまく回っているかはどうかはどうやって見分ければよいのでしょう?

矢萩:まず、新タイプ入試を始めて6年以上経っていることは大前提。6年前の新タイプ入試で入学した生徒たちがここまで成長したという実績が出て初めて、枠は増やせます。6年経って特殊入試の枠が増えてたら成果が出ている証拠。もし、枠が減ってたら、実は暗雲立ち込めている可能性も。

安浪: 特殊入試が始まってまだ数年という場合は、学生さんや先生たちに聞いたりするしかないですね。

矢萩:はい、うまく行ってない学校は先生同士のコミュニケーションがギスギスしていたりもする。いずれにしても、一般入試で手は届かない学校に特殊入試なら合格できたとしても、大事なのは合格した後の生活ですから、そこはしっかり見てほしいですね。

総合型選抜が増えている大学入試への対策は?

安浪:今、大学入試も大きく変わっています。大学入学者の半数以上が総合型選抜や推薦型選抜で入っていますが、一方で、中学受験での難関校や最難関校は、先生も親御さんも、相変わらず一般選抜での大学受験を前提としているところが多いように見受けられますね。

矢萩:総合型選抜って、数字で判断できないから「正解」がわからない。見えないことをやるのってストレスですし、皆さん、戦略が立てられる入試が好きですからね。でも総合型選抜って、戦略を立てられたら終わりなんです。アドミッションポリシーに合う子を取るためなのに、戦略立てて合格されたらアドミッションポリシーと違う子が入ってきてしまいますからね。

安浪:だから、過去問などの対策もしにくい。

矢萩:そうなんです。総合型選抜は、裏を読むことに意味がない。戦略を立てたい人は一般入試、自分軸でぶつかりたい人は、たまたまアドミッションポリシーに合ってれば入ってください、という感じですね。

安浪:総合型選抜向けの進路指導が、うまく行っている中高一貫校ってありますか?

矢萩:かえつ有明(東京)は、比較的うまくいってるのではないでしょうか。うちの塾(知窓学舎)から進学した生徒たちがいますが、大半が派手な実績や輝かしい志望動機書を書けるタイプではなく、鈍い光を放ち続けているようなタイプでした。だけど、学校もそれを拾い上げ、うまく育ててGMARCHレベルの大学に推薦や総合型で進学していますね。

安浪:GMARCHも、今、一般入試で受けると非常に難しいですからね。

矢萩:あと、中学受験で特殊入試を始めて5、6年経つ学校は、一般選抜での大学進学が厳しいことを実感し、進路指導を総合型選抜に振ったほうが確率が高い、と気づいて力を入れ始めているところは、それなりにありますね。

安浪:となると、中学入試に特殊入試の入口を設けている学校のほうが、総合型選抜の指導に力を入れている確率が高いということでしょうか?

矢萩:ただ、特殊入試で、探究力や発想的に素晴らしい能力や実績を持つ子が取れたとしても、それを言語化し文章にできる能力がないと大学の総合型選抜も受からない。そういう意味で、一番ベースにあるのは探求心でもなく実績でもなく「読み書きそろばん」、すなわち、リテラシーと論理力です。それが最低限ないと、総合型選抜も危ういし、そもそも大学に入っても研究もできません。

安浪:それはとても感じますね。今の子は、デジタルネイティブなのか、鉛筆がまともに握れない子が多く、字がふにゃふにゃ。ノートを書いたり、漢字を書いたりするのを嫌がる子も増えてますし、親も「これからの時代はノートなんて不要でしょ」って書くことを軽視しがちです。

矢萩:漢字を手書きするのは、デジタルでの変換と違って、脳のいろいろな部位を使います。「ノートに書く」だけで頭が良くなることは、すでに多くの実験で証明されています。もちろん、発達に特性がある子は無理に書く必要はなく、読めて変換できればいい。でも、ただ面倒くさいからとか、将来不要になりそうみたいな理由だと、そこはちょっと待て、というところですね。

安浪:中学入試の難度がどんどん上がり、多様な入試も出てくる中で、今いちばん必要とされているのが、「読み書きそろばん」というのは、この時代だからこそ声を大にして伝えていきたいですね。小学校の義務教育の計算もあやふやだった子がYoutube入試で中堅校に見事合格したのですが、結局、勉強についていけなくて不登校になった例がありました。

矢萩:塾でやるような複雑な計算や問題は必要ないですが、少なくとも小学校の教科書をしっかり理解していることは大事。そのベースがある上で、Youtubeができるとか、物作りが得意、とか他の子を引っ張るのがうまいとか、そういう+αの特性が評価され、活かせる学校にいければ、どこにいっても、力を伸ばせるのではないでしょうか。

*本記事は、『中学受験 大逆転の志望校選びと過去問対策 令和最新版』の著者・安浪京子さんと、本書の執筆のために取材協力していただいた『子どもが「学びたくなる」育て方』の著者・矢萩邦彦先生との対談です。