経営と話せるデザイナーはこうして作られる

質の高いユーザー体験を実現するデザイン経営で、欠かせないデザイナーの力とはDAISUKE SERGIO ITO
マネーフォワード グループ執行役員 CDO(Chief Design Officer)。2003年にフリービットに入社し、CEO室にて広報、ブランディング、事業戦略などを担当。2006年に同社を退社し渡米。ニューヨークにてアートを学び、フリーランスデザイナーとなる。2010年に帰国し、デザイン事務所を設立し、代表を務める。2013年度グッドデザイン賞受賞。2019年からは、マネーフォワードのデザイン戦略グループのリーダーを務める。2020年、同社CDOに就任。

──CDOにはどのような資質が必要でしょうか。

 CDOの仕事を大きく分けると、経営にデザインを取り入れる活動と、デザイン組織のマネジメントや仕組み作りがあると思います。実際の仕事は後者が大半ですが、難しいのは前者の経営寄りの部分ですね。

 後者は、デザイナーとしての経験の拡張でやっていけますが、デザインを取り入れていかに経営を駆動させていくか、となると理屈としてはプロダクトをデザインするときと同じように、あらゆるステークホルダーを「ユーザーフォーカス」していけば、組織も事業もデザインできると思います。ただ、実際に会社を動かす場面に立つと、多くのデザイナーは「自分は経営者ではない」という壁を感じるのではないでしょうか。

──それがデザイン部長とCDOを隔てるもののように思います。その壁を打ち破るにはどうしたらいいでしょうか。

 それには何らかの「越境体験」が必要かもしれません。僕の場合は、スタートアップの社長室で経営戦略に関わった経験とか、ニューヨークに渡ってアートを学んだ経験があります。その体験を通じて得られたのは「自分は変われる」という実感です。もちろん、僕と同じことをしろと言いたいわけじゃありません。ただ、デザイナーがデザインからちょっと外れる体験を通じて「自分は変われる」と感じられれば、デザイナーという枠を超えて、組織や経営のことを考え、学び、発言することができるのではないかと思います。

──キャリアの中で違う仕事をすることは多くの人が体験していることだと思います。それを「変われる実感」につなげられるのは簡単じゃないと思いますが。

 僕が自分がやったことの中でお勧めするのは「日記を書く」ことですね。

──日記ですか。

 今は経験としてアップデートされていますが、アーティストを諦めてニューヨークから帰ってきたときは挫折感でいっぱいでした。思い返せば当時からずっと日記をつけているんですよね。

──その体験をこれからのキャリアに生かそうという動機ですか。

 そんな大層なものではなくて、単に、自分が何者か分からなくて不安だったんでしょうね。で、やってみて気付いたのが、デザイナーって自分自身を観察しなさ過ぎだということです。ユーザーリサーチはとことんやるのに、自分のことはリサーチしない。もっと自分にフォーカスすればキャリアの可能性も広がっていくんじゃないかと。日記はそのためのツールです。

──どんなことを書くのでしょうか。

 日々の記録と、あとは、10年先の自分はどうなっていたいかとか、未来のことですね。そして、そのために今年はどこまで行くか、今月は、今週は……とブレークダウンしていきます。それを年末年始にニヤニヤしながら振り返るのが楽しいんですよ。まあ、うまくいかないこともあるんですが、そのときは「何とかなる」と書いておく。これは魔法の言葉です(笑)。

「自分の専門領域はここだ」と定型的に考え過ぎると越境が難しい。うまくシフトするために、後付けでもいいので自分の中の連続性を確認しながら「変われる」と確信することが大事なんじゃないかと思います。

 だから社内のデザイナーにも、日記を書くことをすごく勧めていますし、その領域の経営メンバーと対話の機会をどんどんつくって、ビジョニングをサポートすることも強く推奨しています。

──セルジオさん自身は、経営メンバーとどんな対話をされていますか。

 弊社代表の辻(CEO・辻庸介氏)との定期的な対話では、主に思考整理をサポートします。デザイナーらしい工夫としては、その場で思考を可視化することですね。話した内容を付箋にどんどん書いてばーっと貼って並べたり、組み合わせたりしながら「今の、こういう話ですよね」とか「こっちの領域はどうですか」と、構造化していく。すると話が膨らんだり、新しいアイデアにたどり着いたりします。

──今後、CDOを置く企業は増えていくと思います。御社の取り組みは、他社にも応用できそうでしょうか。最後に、何かヒントがあればお願いします。

 デザインのアプローチで「統合的に考える」という方法は、サイロ化した組織にシナジーを起こしていく上で、どの企業にも汎用性があると考えています。一方で、カルチャーは企業ごとに異なりますから、プロダクトであれ組織であれ、デザインを始めるにはまずはその企業ならではの「軸」を発見することが重要だと思っています。

 マネーフォワードの場合も、僕がCDOになったときには既に社内にあった「ユーザーフォーカス」という言葉を軸にしたことが大きかったと思っています。デザイン活用ありきではなく、その企業らしさを強化するアプローチとしてデザインを活用したからこそ成果が出たのではないかと。企業風土、社員、経営者、ステークホルダーをしっかり観察し、自社にとって一番大事なことを探ることが、まずは大事ではないでしょうか。