歯医者「減少」時代#13Photo:PIXTA

歯科医院のM&Aが黎明期を迎えている。もっとも、歯科医院M&Aは水面下で行われており、その熱狂は世に知られていない。そんな中で“隠れたセレブ歯科医師”が生まれている。特集『歯医者「減少」時代』(全26回)の#13では、高く売れる歯科医院の五つの条件を示しながら、知られざる歯科医院買収合戦の内幕を詳らかにする。(ダイヤモンド編集部副編集長 臼井真粧美)

“隠れたセレブ医師”を生む
歯科医院M&A、水面下の熱狂

 歯科医師数人が開いた小さな食事会。一見なんの変哲もない同業者の集いだが、この面々には知られざる共通点がある。

 彼らは歯科医院を近年売却し、数億円ないしは数十億円の金融資産を手にしている。目立たぬように対外的に売却したことは伏せ、歯科医院のスタッフも看板もそのまま。食事会のメンバーは皆、“隠れたセレブ歯科医師”なのである。

 互いの秘密を共有する仲間内では、経営責任から解放されて生じた人生観の変化、大金の使い道としての不動産投資や外車購入といった話題で盛り上がる。食事会が終われば、彼らは従来と変わらぬ歯科医師として働く日常に戻っていく。

 M&Aによる薬局業界の再編がピークを迎える中、バトンタッチを受けるかのように「歯科医院M&Aが黎明期に入った」と、M&Aアドバイザーである日本歯科医療投資の水谷友春代表取締役歯科医師は言う。

 始まりは日系投資ファンドが売上高20億円超の歯科医院大手を買収した2018年だ。歯科医院はコンビニよりも多くて稼げないというイメージが定着していた当時、歯科医院のM&Aが成功するのか、歯科、ファンドいずれのかいわいも疑心暗鬼だった。故にファンドにとっては安い買い物となった。

 複数の医院を展開するこの大手はその後もM&Aを重ねて年商を3倍近く増やし、23年に別のファンドへと転売された。これにより、歯科医院のM&Aは大きな売却益を得るエグジットが可能な市場であることが証明された。今やホットな市場となり、「先行者利益を取りに来るファンドが去年辺りから非常に増えてきている」(水谷氏)という。

 歯科医院は親子承継の減少などで「大閉院時代」が始まり、将来的に歯科医師が不足するという説が浮上している(本特集#1『過剰だった歯科医師に“不足説”が浮上、ワーキングプアから「5年目で年収1200万円」勝ち組職種への大転換』参照)。こうしたステージの転換もM&A市場にとっては追い風。24年上半期だけでも大型歯科医院M&Aは複数動いた。売買額10億円規模の歯科医院の売却には10社近くが買い手として手を挙げ、売買の評価額は従来と比べて2倍、3倍に膨らんでいる。

 18年の買収当時から、歯科医院M&Aは水面下で行われていたが、世に知られていない。隠れたセレブ歯科医師同様に、歯科医院M&Aにおけるこの熱狂も知られざるものだ。かねてインターネット上では、M&Aを支援するサイトに大量の歯科医院が譲渡案件として掲載され、新規開業を目指す歯科医師などへ売りに出されている。中には「ずっと掲載されたままで不良在庫」(M&A仲介業者)の歯科医院もある。高値売買を生む熱狂はそこにはない。インターネット上などで表に出ない水面下にある。

 次ページでは、高く売れる歯科医院の五つの条件を示しながら、知られざる歯科医院買収合戦の内幕を詳らかにする。