「複雑なものを複雑なまま」扱える、デザインの力

 では、デザインに事業や組織を大きく変革する力があるのはなぜでしょうか。

 まず、この図をご覧ください。

「デザイン白書2024」から読み解く、デザインのビジネスへの活かし方The Design Squiggle
https://thedesignsquiggle.com/

 ぐちゃぐちゃに絡まり合った複雑な状況が、最終的に1本の線へと収束していく──。ダミアン・ニューマンが、デザインのプロセスをシンプルに表現した「デザイン・スクイグル」という図です。デザイナーにこの図を見せると、ほぼ例外なく「そうそう!」とうなずきます。狭義か広義かを問わず、デザインとは、カオスの中からブレークスルーを見つけていく活動なのです。

 一方、ビジネスパーソンの多くは、この図に違和感を抱くのではないでしょうか。一般的なビジネスプロセスは、前提となる要素をできるだけシンプルに分類・分析し、複数の選択肢から迅速に意思決定するものだからです。しかし、分析的なアプローチは、既知の問題を解く際には有効でも、新しい価値の創造には向きません。だからこそ、複雑なことを複雑なまま扱える方法論として、デザインの力が求められているのです。

 デザイナーは、まだ見ぬ価値の可能性をたっぷり含んだ「複雑さ」が大好物です。デザイナーたちは複雑な状況に進んで入り込み、点在する要素をつなぎ合わせて新たな全体像を描きます。その力によって、異なる組織や人、技術やサービスの「あいだ」をブリッジするメディエーター(仲介者)という新たな役割が期待されるようになったのです。

 デザイナー特有の行動を、私は「共感(エンパシー)」「統合(シンセシス)」「試行(プロトタイプ)」の三つの要素で整理しています。

「共感」とは、人間を単なる属性で類型化せず、矛盾も含んだウエットな存在として捉え、あたかもその人になったかのように理解しようとすることです。デザインの「顧客中心」「人間中心」の考え方の核にはいつも共感があります。「統合」は、異質なものが点在する中に分け入り、それらを再編集して新しい価値や意味を生み出そうとすることです。そして「試行」は、トライ&エラーを繰り返すことです。試行を実践し続けるためには、多少の失敗にはめげないレジリエンスも必要です。

 これらの行動を実りあるものにするためには、地面にはいつくばって現場の手触りを確かめる「虫の目」と、上空から俯瞰してシステムの全体像を把握する「鳥の目」を両方持つことも重要です。異なる視点を高速で行き来して、世界を複眼的に捉えていくのです。

 このようなデザイナーの特性を支えているのは特別なスキルというより「マインドセット」です。マインドセットですから、ビジネスパーソンも身に付けることができますし、価値創造型の事業創造を行っていくためには、ぜひ持つべきです。