疑問を持ちながら報道することが
事実に近づくことになる

 ユニクロの成長をこれまで支えてきた経営方針の一つは、本来は固定費であるはずの人件費を、社員やアルバイトの出勤日数を調節することで、無理やり変動費として、売上高と連動させた点にある。

 簡単に言うなら、売上高が落ち込む閑散期になると、従業員の出勤日数を絞って、人件費が売上高の10%前後に収まるようにした。

 その分、割を食うのは、給与が減らされる従業員だが、ユニクロがこうした方法で利益を確保してきたのは厳然たる事実だった。

 ユニクロの動向を追ってきた記者なら、柳井が13年の「朝日新聞」の記事で、このように発言したことを覚えているはずだ。

「将来は、年収1億円か100万円に分かれて、中間層が減っていく。仕事を通じて付加価値がつけられないと、低賃金で働く途上国の人の賃金にフラット化するので、年収100万円のほうになっていくのは仕方がない」

『潜入取材、全手法』書影横田増生著『潜入取材、全手法』(角川新書)

 柳井正はいつだって、人件費を抑え込むことに執心してきた。

 さらにユニクロには、労働者の利益を代弁する労働組合さえ存在しないのだ。

 そのユニクロが、柳井の鶴の一声で、一転して大幅な賃上げに向かうとなると、その経営の成り立ちを知っている記者の頭には、黄色信号が灯るはずだ。本当だろうか、という疑問を持ちながら報道することこそが事実に近づくことになる。

 ユニクロ側の情報を報道するにしても、過去のブラック企業批判や柳井の発言を盛り込むこともできただろう。

 ユニクロ側は、賃上げのニュースを大きく報道してほしいのだろうが、それを垂れ流すのはPR記事でしかない。