定期昇給のない欧米で
賃金が上がるのはなぜ

 逆に、日本以外の諸国がなぜこの30年間着実に賃金が上がってきたかといえば、無理やりにでも賃金を引き上げてきたからです。ジョブ型社会では賃金は職務にくっついています。人にくっついてはいません。従って、職務を変えない限り、原則として賃金は上がりません。日本のような定期昇給という仕組みはないのです。

 ほうっておいても賃金が上がる日本とは対照的に、ほうっておいたらいつまで経っても賃金は上がらないのがジョブ型社会です。そこで、職務に貼りつけられた値札をみんなで一斉に書き換える運動をせざるを得なくなるのです。

書影『賃金とは何か』『賃金とは何か』(朝日新書)
濱口桂一郎 著

 それがジョブ型社会の団体交渉であり、その結果の改定価格表が労働協約ということになります。この事態をやはりいささか風刺的に表現してみると、「上げなければ上がらないから上げるので上がる賃金」ということになりましょう。

「上げなければ」:団体交渉による値札の書き換えをしなければ、
「上がらないから」:職務に貼りつけられた値札の額はいつまで経っても上がらないから、
「上げるので」:みんなで団結して団体交渉をして無理やりにでも値札を書き換えるので、
「上がる」:結果として一国全体の賃金水準が上がっていった、というわけです。

「上げる」という他動詞と「上がる」という自動詞の間には暗くて深い川が流れているようです。