GDPデフレーターは顕著に上昇
賃上げ分は消費者への価格転嫁

 労働生産性が向上せず、かつ企業が賃上げのために利益を削ることがないとしても、なお賃上げを行なうことはできる。

 それは、企業が賃上げ分を売上価格に転嫁するという方法だ。これによって次の段階の企業の原価は上昇することになるが、その企業はさらに次の段階に転嫁する。こうして最終的には、賃上げ分は物価の上昇を通じて消費者によって負担されることになる。

 現実には、このような転嫁が行なわれている可能性が強い。

 なぜそのように言えるか?その理由は次の通りだ。

 まずGDPを分配面から見れば、雇用者報酬と企業利益と減価償却の和になる。ここで簡単化のために減価償却を無視すれば、

 名目GDP = 名目雇用者報酬 + 名目企業利益

 となる。

 この両辺を実質GDPで割ると

 名目GDP ÷ 実質GDP = 名目雇用者報酬 ÷ 実質GDP + 企業利益 ÷ 実質GDP

 となる。

 この式の左辺は、GDPデフレーターだ。そして、右辺第1項は単位労働コストであり、右辺第2項は単位企業利益と呼ばれる。

 従って次の関係が成り立つ。

 GDPデフレーター = 単位労働コスト + 単位企業利益

 GDPデフレーターの推移は、図表3の通りだ。長い間ほぼ一定だったが23年ごろから顕著に上昇している。

 仮に、企業が利益を削減することによって賃上げをしたのなら、単位企業利益が減少して、GDPデフレーターの伸びを低く抑えられただろう。しかし、実際にはGDPデフレーターは上昇しているので、企業は利益を圧縮しなかったと考えることができる。
(なお、GDPデフレーターの概念は前述の本コラム6月6日付に導入した。そこでは、輸入物価の下落が国内消費者物価に還元されたかどうかをチェックするために用いた)

労働生産性の上昇がないままでは
賃上げと物価上昇の「悪循環」に陥る

 このように、賃金が上がっているとはいえ、最近時点で労働生産性の向上があったわけではないし、企業が賃上げのために利益を削減したわけでもない。消費者が、物価上昇という形で負担している賃金上昇である可能性がある。そうであれば、名目賃金が上昇しても実質賃金は上昇せず、国民の生活は豊かにならない。

 それだけではない。物価が上昇するから、さらに賃上げが求められるということになる。

 対前年比マイナスが続いていた実質賃金の伸びも、6月、7月にはプラスに転じた。こうした傾向が続くかどうかはまだはっきりしないが、物価上昇と賃金引き上げのスパイラル的な悪循環が起これば、実質賃金が傾向的に上昇することにはならないだろう。

 実際、実質賃金は8月には再びマイナスになり9月も前年比▲0.4%となっている。

 こうした理解が正しいとすれば、いま日本で生じているのは、決して望ましいとは言えない。賃金上昇は本来の姿である生産性の上昇によって実現されるべきだ。