「2018年の秋かな。最初にお話をいただいた時は、ちょっと甲子園に出たぐらいで本なんか書いたら、調子に乗っていると言われるし、お断りしたんです。でも2019年になって、もう一度オファーをいただいた時、せっかくなら自分の思っていることを広げていくのも大事な仕事かな、この信念や考え方に共感する人もいるだろうし、そういう若い人を勇気づけることにもなる。もちろん、ハレーションや批判もあるだろうけど、それを受けることで自分も成長できるかもしれない。とにかく矢面に立とうと。そういう覚悟ができたんです。書きながら、開き直りました」
著書は意外なところに「刺さった」。丸田(編集部注/丸田湊斗。現慶應義塾大学野球部)ら2023年夏の優勝メンバーのほとんどが、中学3年の時に刊行された同書を読み、森林の野球観に共鳴して慶應高校への入学を志した。入学前に指揮官の思考に触れることができたら、入部後のミスマッチも起こりにくい。
107年ぶりの全国制覇を成し遂げた、森林とナインの一体感。その土台には「基本書」ともいうべき一冊の存在があったのだ。
勝利至上主義は「戦う相手」
追求すべきは成長至上主義
高校野球を巡る数多くの諸問題。その根源にあるのは「勝利至上主義」と言っていいだろう。
監督は勝てば名将と称賛され、負ければ評価を落とす。強豪私学の中には負けが続くと、指揮官を交代してしまうところもある。
しかし指導の対象は成長の過程にある10代だ。思った通りに伸びるとは限らない。指導者が焦りから即効性を求めるがゆえに、この時代になっても暴力事件は後を絶たない。スポーツマンシップとは対極にあるサイン盗みや、度を越した投手の酷使も勝利至上主義が原因だ。
「野球だけやっていればいい」「勝てばいい」
チームをそんな風潮が覆った結果、選手による部内暴力などの不祥事が起きた例は枚挙に遑がない。
森林は勝利至上主義について「戦う相手です」と言い切る。
「名将になりたいとか、甲子園通算何勝とか、興味ないです。優勝したから、なおさらそう思います。甲子園に連れて行くのが責務で、そのために最短コースを選んで……というのは全然、やる気がない。それよりも大事なのは、高校野球を通じて個人やチームが成長すること。『勝利至上主義』に対するアンチテーゼとしての『成長至上主義』です。『勝ち』を追求することに加えて、『価値』も追求していきたい。あくまで両立を目指すということです。そこはシーソーじゃない。育成を取るから勝負は捨てるのかといったら、そういうものではないと思うんです」