日本社会の持続可能性を
AIでシミュレーション
広井先生の研究チームと日立京大ラボによる共同研究から、「AIを活用した社会構想と政策提言」が2017年に発表されました。これによると、「2050年に日本は持続可能か」をテーマに、2018年以降35年間の未来を2万通りのシミュレーションで予測し、日本社会の持続可能性にとっては「都市集中型」より「地方分散型」を選んだほうが、人口や地域格差、幸福、健康の面でよいという結果が出ましたが、現実は地方の中心部が空洞化し、過疎化が進んでいます。先生はこの現状について、「人口減少によるものではなく、アメリカ型の郊外ショッピングモール型の都市・地域政策の失敗」と指摘されています。先生が考える「持続可能な地域」とは、どのようなものなのでしょうか。
私は3年ほどアメリカに住んだことがありますが、日本の都市がアメリカの都市と似ている点は、良くも悪くも車依存が大きいことです。東京圏などの大都市は公共交通機関が充実していますが、地方都市では依然として車依存が高い。最近では、高齢者が自動車交通事故の被害者にも加害者にもなりやすく、過度の車依存社会の問題が顕在化しています。
そんな状況で私自身、ある時からヨーロッパの都市、特にドイツの街並みに非常に好感を持つようになりました。成熟した社会の都市の姿として、ヨーロッパはもっとも理想的なんじゃないかと感じています。特にドイツでは、どの地方都市に行っても、中心部が歩行者専用になっていて、車椅子のお年寄りやベビーカーを押した人たちが安心して自由に歩くことができている。
ここで興味深いのは、ドイツではけっして車が少ないわけではなく、人口当たりの車の数はむしろ日本より少し多いくらいなのです。それでも都市や地域のプランニングが優れているので、車と人の空間をうまくデザインして区分した街になっている。何より、10万人規模の地方都市でも、中心部が賑わいを見せていて活気があるのです。これは福祉的な側面からも好ましいですし、車が通らないことで環境面でも大きな利点があります。カーボンニュートラルや脱炭素の取り組みは、日本でもドイツのように都市設計から取り組めると考えます。
日本はよく「東京一極集中」と指摘されますが、実は札幌、仙台、広島、福岡といった地方都市の地価上昇率はここ数年東京圏より高い。また福岡の人口増加率は東京を上回っています。言わば「少極集中」であり、これをドイツなどのような「多極集中」と呼べる姿にシフトさせていくことが課題です。
一方、地方都市はご指摘の通り、商店街のシャッター通りが目立っています。私が提唱する「多極集中」は、地方の都市が活気を取り戻し、歩いて楽しめる空間をつくり出すことを目指しています。国土交通省が最近推進している「ウォーカブルシティ」構想も、この方向に沿ったものだといえるでしょう。約380の都市がウォーカブル推進都市に指定され(2024年10月現在)、歩いて楽しめる街づくりが進められています。
こうした動きは、ウェルビーイングや脱炭素の推進につながり、成熟した社会にふさわしい都市の姿を形成するものです。AIのシミュレーションが示した地方分散型社会を、具体的な形で実現することが重要なのです。
車に依存しない街づくりは、「持続可能な地域」の実現策の一つになりうるのでしょうか。たとえばLRT(次世代型路面電車)を導入している宇都宮や富山では、高齢者の利用率が大きく増えたそうです。
高齢化は脱・車社会の好機になりえます。遠くのモールやショッピングセンターに車移動できない人たちが増えれば、おのずと歩きやすい街づくりや公共交通機関の必要性が高まるからです。可能な限り過度の車依存から脱却する生活スタイルを推進することが重要です。
ただし、公共交通機関を充実させれば問題がすべて解決するわけではありません。空き家や空き店舗の減少や、若者や女性が活躍できる環境づくりなども合わせて進める必要があります。宇都宮市と行っているAIシミュレーションの結果でも、これらの要素が重要な政策課題として浮かび上がってきました。
結局、脱・車社会を目指すだけではなく、QOL(生活の質)やウェルビーイングの高い都市づくりが重要なのです。車に依存しない、歩いて楽しめる街づくりが、持続可能で幸福度の高い都市の実現につながるのではないかと思います。