人口減少社会の雇用システムに
不可欠な柔軟性と保障

 ローカル志向の若者たちが増える中、企業の人材確保はどう変わっていきそうですか。

 政府や企業はこれまで、世界で活躍するグローバル人材の育成を重視してきました。しかし、日本における社会的課題、たとえば地方都市のシャッター通りや空洞化を考えると、これからは地方にこそ人材を分散させる必要があると思います。

 最近では「自然資本」や「ネイチャーポジティブ」(自然再興)といった概念が、脱炭素やカーボンニュートラルと同等か、あるいはそれ以上に注目されるテーマになっています。海外では過剰な開発で自然資本にダメージを与えていることが問題視されていますが、日本では、むしろ自然資本のアンダーユース(利用不足)が問題となっています。国土の約7割が森林なのに木材自給率は40%程度に留まり、耕作放棄地も増えています。国内資源を十分活用できないまま、海外からの輸入に頼る現状は、持続可能性の面で大きな課題です。こうした点からも、人材が地方に分散し自然資本に手を入れることで新たなビジネスチャンスになりえるわけです。

 2024年3月、環境省、国土交通省、農林水産省、経済産業省の4省庁が「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」をまとめました。自然環境の保全を経営に取り入れた企業に対し、消費者や市場がその価値を評価することで、社会全体で自然を守る取り組みと資金の流れをつくることを目指したものです。2030年には関連ビジネスが47兆円規模になると見込まれています。自然資本が豊富なのは言うまでもなく地方であり、企業活動を地方に分散させれば、新たなビジネスチャンスが広がるでしょう。こうした動きも、地域コミュニティや地方都市がフロンティアであることを示しています。

 企業がローカル志向を持つ若者を人材として確保するには、自然資本や地方の課題に向き合い、ビジネスチャンスを見出すことがカギです。言い古された言葉かもしれませんが、「シンク・グローバル、アクト・ローカル」という考え方が、いままさに現実的な意味を持ち始めているのです。

 地方分権の議論をめぐっては、2000年代から道州制の議論が活発になりましたが、2018年には自民党の「道州制推進本部」が廃止されるなど下火になりました。また、地方の人口減少に歯止めをかけることが期待された地方創生も、新型交付金や特区の設置などが活発化したものの、まだ大きな成果を得られていないのが現状です。こうした過去の地方分権をめぐる議論や施策について、先生はどのようにお考えでしょうか。

 地方分権については1960〜70年代以降ずっと議論されてきたのですが、実現せぬまま今日に至った理由が2つあります。一つは、国を挙げての経済成長という大きな流れの中で、集中・集権に向かうベクトルや求心力、価値観が極めて強かったこと。もう一つは工業化あるいは農村から都市への人口大移動という構造変化を軸とし、その中で東京や霞が関が社会全体をプランニングするシステムが一定の有効性を持ったことなどがあったと考えています。

 しかし私が見るところ、現在はこれまでの時代とは異なる構造的で深い変化がゆるやかに進み始めています。その根拠は2つあり、一つは人口減少ないし社会の成熟化に伴い「集中」を志向する価値観が変容し、多元化していくのではないかということです。先ほど述べたような「若い世代のローカル志向」の現象が広がり、地域、地元といったテーマに関心を向ける学生らが近年増えていると感じています。もう一つは、今後は経済構造ないし産業構造的にも「分散」の方向に社会が進んでいくのはないかという点です。ただし「少極集中」かそれに近い姿で落ち着く可能性も否定できず、どこまで「多極」の方向に進むかはなお不確実な面が大きく、この辺りは政策の方向性にも左右されそうです。

 イノベーションや雇用の流動性を阻害する一因として、日本独特の終身雇用や年功序列がやり玉に挙がることが少なくありません。しかし、先進国の中で極めて低い失業率を維持できた一因が、こうした日本型雇用だったことも事実です。人口減少社会における雇用システムはどうあるべきですか。

 現状、日本では2つの大きな潮流が進行しています。一つは人手不足の問題。高齢化率がもうすぐ30%に達し、生産年齢人口が減っています。したがってサービスを提供する人が不足している。もう一つは、AIの進化で、より少ない人手でも多くの生産を可能にする技術が進み、働き手がいまほど必要なくなっていく流れです。皮肉な話ですが、この2つが同時に進行しているために人手不足と人員削減が相殺され、結果として日本では失業率が比較的低くなる現象が生じているのも事実です。ただ、この2つの現象がばらばらに議論されているため、両方の視点で雇用のあり方を考える必要があります。

 とはいえ、こうした人口減少と技術発展の進行にかかわらず雇用の流動化は今後も続くでしょう。終身雇用は、昭和30年代の高度経済成長のように、言わば集団で一本の道を上る時代には適していました。しかし、現代のような成熟社会では個人の自由度を高め、フレキシブルに働けるシステムが求められるのです。

 そして、雇用の流動化だけでなく、「フレキシキュリティ」が重要になってきます。フレキシキュリティとは、柔軟な雇用形態と失業保険、職業訓練を3本柱に、労働市場における「フレキシビリティ」(柔軟性)と「セキュリティ」(保障)を同時に実現させる政策で、オランダやデンマークで実践されています。こうした雇用形態がこれからのスタンダードになっていくでしょう。

 企業が人口減少社会に適応するには、もう一つ触れておきたい視点があります。それは「100年企業」です。日本は、創業100年、200年を超える長寿企業が世界一多いという調査結果があります。企業の規模を限りなく拡大するより、長く持続させることに価値を置く姿勢は、サステナブルな経営モデルの象徴であり、「一周遅れの最先端」ともいえます。この点は日本企業の強みでもあり、大事にすべき側面です。

 100年企業は長寿だからといって、何も変えずにきたわけではありませんし、むしろユニークな雇用形態を取るところもあります。必ずしも終身雇用が企業の寿命を伸ばすわけではありませんよね。

 その通りです。伝統産業や老舗企業でも、血縁関係がなくても若い女性が入社したり、他企業での経験を持った人が新たに加わる例も増えています。こうした100年企業の柔軟な考え方が、サステナブル経営のヒントになるはずです。