スマートシティ構想に
欠けている視点
地域のコミュニティづくりに企業が果たす役割を考えるうえで、先生が先進的と思われる企業の取り組みはどんなものがあるでしょうか。
最近の事例では、無印良品(良品計画)が着手している地域密着の取り組みに注目しています。商店街の再生には小規模の店舗が複数出店するようなモデルが必要だとして、2023年に岡山市と群馬県前橋市の商店街に店舗をオープンさせ、その店舗内にはいわゆるコワーキングスペースと並んで若者の開業支援を目的に「一坪開業スペース」という空間を設けました。小規模ビジネスや将来的に商店街に出店したい地域の人たちに1週間1万8000円という格安な賃料で貸し出す仕組みです。これがワンステップとなり、地域コミュニティに新たな活力を与えています。商店街で店を営みながら、住民の活動も支援する、革新的な取り組みだといえます。
こうした事例を見ていると、地域コミュニティは企業にとって新たなフロンティアかもしれません。たとえば、日立製作所ではデジタル技術を活用して地域コミュニティを再生できないかと検討しているようです。モノが売れにくい時代にあってコミュニティへの注目は新しいビジネスチャンスの可能性を秘めています。シャッター通りをなくす「シャッター通りゼロ作戦」も、企業が地域と連携して取り組む価値があると思います。
持続可能な地域づくりの一環で、先進的なデジタル技術の活用で都市や地域の機能やサービスの効率化・高度化を図るスマートシティの実証実験も各地で進んでいます。先生は「スマートシティにもっと人間的な要素や、居心地のよさ、コミュニティ形成といった視点を加えるべきだ」と提言されています。たしかに、効率性に重きを置きすぎていて、ウェルビーイングの観点がやや欠けている点もあるようです。
ご指摘の通り、現在の日本のスマートシティの議論は効率性や経済的な側面に偏りがちだと感じています。単にデジタル技術を駆使するだけではなく、住む人たちが居心地よく感じられるようなウェルビーイングを実現すること、そして人々のつながりやコミュニティを生み出すことが重要です。自然環境との調和も欠かせません。スマートシティやデジタル技術はあくまで手段にすぎず、どのような価値を実現するかが問われるべきだと思います。
私は「人間の顔をしたスマートシティ」という表現をよく用いています。デジタルの利便性と、リアルな街の空間構造や居住環境とのバランスをうまく取る。この2つをうまく組み合わせて、真に豊かなスマートシティの実現を目指すのが大切だと考えています。
宮崎県高原町で若い世代が立ち上げた「relay」という企業は、店舗のオーナーや事業の後継者をマッチングするサイトの運営企業なのですが、普通の事業承継サイトと異なるのは、住所や面積、価格といったドライな情報だけでなく、たとえば老夫婦が40年間本屋を営んできたが、もう自分たちでは続けられない。必ずしも本屋である必要はないけれども後継ぎを探している、といったエピソードも、インタビューを通じて紹介しています。こうした具体的なストーリーを通じて店舗を引き継ぐ人を探す取り組みが機能しているのです。
持続可能な地域を考えるうえで、大きな課題になっているのが都市部の高齢化です。特に、高齢者の一人暮らし世帯が急増しています。加えて団塊ジュニア世代の大量退職で人手不足が進み、地方の若者が都市部に吸い上げられ、地方の衰退がさらに加速するという悪循環につながるのではないかとも指摘されています。
たしかに首都圏、特に東京圏はいま、急速に高齢化が進んでいます。2040年までの30年間で、東京圏だけで約144万人の高齢者が増えると予測されています。これは滋賀県や岩手県の人口を上回る規模です。1960年代に地方から首都圏に集まった世代が高齢化しているのが一因で、介護のニーズが急増しています。
都市部の高齢化に伴い、介護人材が求められているわけですが、地方の若者を都市が奪い合うような構図は望ましくありません。悪循環を食い止めるには、都市部の高齢者が地方に戻ることも一策でしょう。強制はできませんが、国土交通省も二拠点居住などの方策を検討しています。
私が希望を感じているのは、若い世代の一部にローカル志向が高まっていることです。文部科学省の調査によれば、地元大学への進学率が2022年度で44%と、過去50年で最高になりました。たしかに大学のゼミの学生たちを見ていると、地域や地元への関心が明らかに強まっています。グローバルな視点を持つ学生が、日本の地方こそ課題と可能性がある場だと考え、∪ターンやIターンを選ぶ例も増えています。私は「地域への着陸の時代」と呼んでいますが、こうした動きを支援していく必要があります。
また、分散型社会のほうがイノベーションの面でも望ましいといえます。一極集中とは実は均質化、画一化であり、多様なアイデアや革新が生まれにくくなります。アメリカのように、シリコンバレーやボストン、シカゴ、シアトル等々といった多極型の都市構造のほうがイノベーションにつながるのです。
成熟した社会に向けて、AIシミュレーションが示したように地方分散を進め、多様な社会構造を構築する。これがイノベーションや経済活力、そしてウェルビーイングにもつながるのです。
2010年代、途上国での学校運営のNPOの設立など、グローバルな社会貢献ブームが大学生を中心に起きました。その後も国内の課題への社会起業やスタートアップに形を変えながらも、若者の社会貢献への意識は保たれていると感じます。
「Z世代」という言葉が広がる前から、若い世代の一部に社会貢献への意識が強まっていました。2000年代後半には、社会起業家やソーシャルビジネスへの関心が高まり、その流れが形を変えながらいまも続いている。全体的な傾向として、社会貢献への意識が高まっているのは確かです。
加えて、先述のように地域やローカルに根差した形での活動への関心も強まっています。足元で何ができるかを考え、実践したいという思いが広がっています。これは非常に希望が持てる動きですね。社会全体も、経済的な価値だけではなく、サステナビリティやウェルビーイングといった幅広い価値観にシフトしつつあるので、こうした若い世代の動きとも重なっています。そういった動きが地方の衰退や人口減少社会の進行に楔を打ってくれるでしょう。同時に若い世代への支援も極めて重要です。これが先ほど述べた「人生前半の社会保障」であり、彼らへのサポートをさらに充実させていかなければなりません。