頭を抱える白衣の男性写真はイメージです Photo:PIXTA

「親に認められたい」……子供時代に抱えた承認欲求を封印してきたことで、大人になった後に歪んだ形で噴出し、周囲に悪影響を及ぼしてしまうことがあるという。仕事で成功してもなお、子供時代の呪縛に苦しみ続けたある天才外科医の葛藤に迫った。本稿は、清水 研『不安を味方にして生きる:「折れないこころ」のつくり方』(NHK出版)の一部を抜粋・編集したものです。

「人格者」と評される
天才外科医が持つ別の顔

「must」(編集部注/「~しなくてはならない」と自らを制する、理性が優位で論理的なこころの動き)が強いことは、承認欲求とも関連します。私自身も承認欲求が強い時期があり、そのことに苦しみました。

 ここで、ある医師の生い立ちと体験を通して承認欲求ができあがる過程について見ていきます。

 病院勤務の横山医師(仮名)は大学卒業後、並々ならぬ努力によって、外科医としての経験を積み重ねてきました。「神の手」と言われるほどの横山医師の手術を受けるために全国から多くの患者が訪れ、その評判は確固たるものでした。

 入院患者には朝晩の回診を欠かさず、穏やかにはげましの声をかけるなど、横山医師は患者やその家族に対して熱意をもって接しました。容態に急な変化があれば、休みであっても駆けつけ、「技術だけでなく人格も素晴らしい」との声が多く寄せられました。

 一方で部下には厳しく、ミスをすると手術中でも激しく叱責し、「外科医として失格だ」といった言葉を投げかけることもしょっちゅうでした。

 部下の医師のひとりは自信を喪失し、うつ状態になって休職にいたりました。その後復職しましたが外科医としてやっていけそうになく、ほかの科に転向しました。

 その様子を見かねた病院長が「患者さんやご家族に対するように、部下にももっと愛情をもって接してください」と指導を行いましたが、横山医師は聞く耳をもたず、毅然とこう反論しました。

「手術室は戦場です。そんな甘っちょろいことでは患者さんの命にかかわりますし、将来ロクな医師になりません。厳しく指導することが、患者さんにとっても後輩にとっても自分の責務だと思っています」

 みなさんは横山医師のことをどう思いますか?なぜ患者やその家族には温かいのに、部下には冷徹という二面性をもつのでしょうか。

 私は医師になって以降、彼のような人をたくさん見てきました。他業種でも、顧客には評判が良いのに同僚からは避けられている、部下にはパワハラのような態度をとる人もいるでしょう。