アメリカでは、1975年に負の所得税として勤労所得税額控除(EITC:Earned Income Tax Credit)が導入されました。EITCを利用すれば、一定の上限の所得に達するまで税額控除が受けられます。一定の所得までは税金を支払わずに済むか、または支払う税金が還付されるため、所得を増やすことで実質的な収入が増えることになります。働いた方が得になり、労働参加を促すのです。
負の所得税がどれだけ格差を是正できるかは、その条件によります。アメリカの制度では現在のところ、働いていることや子どもがいる家庭であることが条件になっています。働いていない人や子どもがいない独身者は基本的に受けられません。一定の条件を満たす人が支援の対象ですので、格差の広がりをどの程度是正できるかは、その条件次第です。
EITCにより、それまで働いていなかった人が労働市場に参入するようになり、貧困レベル以上の収入を得るようになったり、貧困家庭にとっては最低賃金の引き上げより有益であることが観察されています。ただし深刻な貧困層になると、シングルマザーへのEITCの所得増加効果は、あまり効果がないことも確認されています。
医療や教育、図書館、公園
金銭だけではない再分配
政府による再分配は、直接金銭を分配するものだけに限りません。例えば、医療は、日本では公的支出が前提になっています。日本の健康保険制度は、全員が加入する原則に基づいています。保険料は収入に応じて決定され、医療費の一部を自己負担します。その負担の割合は比較的低く抑えられています。近年では医療費の増大により自己負担の割合を増やしていますが、依然として政府による再分配が手厚いと言えます。

清水洋 著
その一方で、アメリカでは健康保険制度は、基本的に民間の保険会社が運営しています。政府は高齢者や障害を持つ人、低所得者向けの公的保険を用意していますが、国民全員が何らかの保険に加入しているわけではありません。保険料や自己負担の額が高く、満足いく医療を受けられない人も少なくありません。
教育も同じです。政府による安価で質の高い教育の提供は、経済的な機会の平等を促進し、社会的な格差を縮小する手段として機能します。教育を受けるための自己負担が増えると、低所得の家庭の子どもは高等教育を受ける機会が少なくなります。
この他にも、図書館や公園の整備、法的援助と司法へのアクセスの提供など、非金銭的な再分配はさまざまなものがあります。これらの非金銭的なサービスの提供は、経済的な再分配と同様に、機会の均等を促進するために不可欠です。