
国境変更を事実上容認するかのような対ロシア宥和策でウクライナ戦争終結を目指すトランプ政権。ナショナリズム擁護者として注目されるヨラム・ハゾニーは、国家の主権と民族の自決を重視するが、ロシアのウクライナ侵攻はこの理念とどう整合するのか。トランプ外交に大きな影響を与えたとされるハゾニーの論考を紹介する。(BNPパリバ証券経済調査本部長チーフエコノミスト 河野龍太郎)
リベラリズムは
なぜ失敗したのか
トランプ主義(トランピズム)の理論的支柱の一人と目されるポスト・リベラリズム派の思想家であるパトリック・デニーンは、リベラリズム(自由主義)が失敗したのは、それが行き過ぎたから、といった問題ではなく、そもそも源流であるジョン・ロックらの自由主義に大きな欠陥が埋め込まれていたと論じている。
自らの身体が生み出したものは、自らの所有物であり不可侵、という個人主義的所有権の考えは、王政・貴族制を打破し、18世紀末の市民革命の礎になったが、その教義は、結局、現代グローバリストら新たな貴族階級を生み出し、再び階級社会が形成されている。
ロック以降、他人に危害を加えない限り、自らの欲望に沿って行動することが自由であると考えるようになり、カネのない人だけでなく、カネのある人も欲望にさいなまれる拝金主義の世の中になってしまった。
トランプ大統領とゼレンスキー大統領の会談の決裂やウクライナへの米国の支援の一時停止など、歴史の大転換を思わせる事態が目の前で起こっているが、本稿では次ページでトランピズム外交の理念に大きな影響を与えていると目されるヨラム・ハゾニーの『ナショナリズムの美徳』の論考を紹介する。