どうやって部下とチームを育てればいいのか? 多くのリーダー・管理職が悩んでいます。パワハラのそしりを受けないように、そして、部下の主体性を損ねるリスクを避けるために、一方的に「指示・教示」するスタイルを避ける傾向が強まっています。そして、言葉を選び、トーンに配慮し、そっと「アドバイス」するスタイルを採用する人が増えていますが、それも思ったような効果を得られず悩んでいるのです。そんな管理職の悩みを受け止めてきた企業研修講師の小倉広氏は、「どんなに丁寧なアドバイスも、部下否定にすぎない」と、その原因を指摘。そのうえで、心理学・カウンセリングの知見を踏まえながら、部下の自発的な成長を促すコミュニケーション・スキルを解説したのが、『優れたリーダーはアドバイスしない』(ダイヤモンド社)という書籍です。本連載では、同書から抜粋・編集しながら、「アドバイス」することなく、部下とチームを成長へと導くマネジメント手法を紹介してまいります。

「部下のために、あえて厳しく指導する」と言う上司がついている“危険な嘘”とは?写真はイメージです Photo: Adobe Stock

「部下の問題点」を指摘することに意味はない!?

 部下が仕事で失敗をしたとしましょう。
 上司であるあなたは、同じような失敗をしないように、部下を導く必要があります。

 そのためには、いきなり部下の「問題点」を指摘するのと、まずは「できている点」を指摘するのと、どちらが有効だと思いますか?

 より厳密に言えば、「“問題点”を指摘し、それを取り除く」というアプローチを取るのか、「“できている点”を伝え、それを伸ばしていく」というアプローチを取るのか。どちらが効果的かという問題です。

 その「答え」は、言うまでもないですね。
「問題点の指摘」から始めたら、まず間違いなく部下は悲しみ、悔しさ、怒りなどのマイナス感情を覚えるでしょう。そして、上司がいくら「正しい指導」をしたところで、それを素直に受け入れることができないどころか、「反発」や「無気力」を生み出してしまうのです。

 一方で、まず最初に、部下に対して、失敗はしたけれども、それでも「できている点」を伝えて、それを伸ばすというアプローチをすれば、部下は「この上司は自分という存在を認めてくれているんだ」「自分にもできていることがあるんだ」と、安全安心を覚えるでしょう。

 このようにポジティブな感情をもつからこそ、上司とのコミュニケーションが成立するのであり、そのコミュニケーションから「学び」「気づき」を得ようというスタンスをもってくれるのです。

アドラー心理学の「正の注目」

 つまり、「問題点」を指摘するよりも、「できている点」を指摘する方が、明らかに効果的なのです。

 これは、アドラー心理学における勇気づけ技法である「正の注目」です。
「正の注目」とは、相手の「よい側面」を探し出し、それを伝えること。そのポイントは、「一見すれば誰でもできそうな当たり前のこと」をも対象とすることです。

 これは何も、相手に媚びる“おためごかし”ではありません。
 上司と部下が「失敗を繰り返さないためにどうすればいいか?」を共に考えるうえで、まずは部下が「できていること」を指摘することで、「正の注目」をすることが欠かせないのです。それは部下に媚びへつらっているのではなく、部下との適正なコミュニケーションの出発点なのです。

上司が陥りやすい「処罰欲求」依存とは?

 ところが、「問題点」を指摘しては失敗するという経験を重ねながらも、「問題指摘型アプローチ」にこだわる人がいます。

そんな甘っちょろいことで人は育たない」という凝り固まった信念をもっているのです。そして、「部下を育てる」ためには、“心を鬼”にして厳しい指摘をしなければならないと考えるのです。

 それだけを聞けば、「部下に嫌われる」というリスクを引き受けて、「部下を育てる」という使命に忠実な人物という解釈も成り立ちうるかもしれません。ところが、実際には、上司自身がもっている「処罰欲求」依存に陥っていることが多いと私は睨んでいます。

 私たち人間は、「相手に反省させたい」という処罰欲求をもつ動物です。そして、これを繰り返すと「処罰依存」になり、自分の快感のために「相手の問題」を指摘したくなってしまうのです。

 人は、誰かに対して「問題指摘」をするときに、脳内に快感物質であるドーパミンや、男性ホルモンの一種であるテストステロンが分泌され、「優越感」と「自己効力感」を感じます。

 また、「問題指摘」をする自分に陶酔して、「自分は相手のためを思って言っているのだ」と錯覚することで、愛情ホルモンであるオキシトシンまでも分泌され、その「快感」を増幅させるのです。

 このように、「処罰依存」に陥った人間は、「快感」を得るために、「相手のために」と言い訳しながら、「問題指摘」や「アドバイス」を繰り返してしまうのです。だから、私は、「部下の問題」を指摘しようとする前に、上司の側が「アドバイスしたい病」の問題点に気づくべきだと思うのです。

相手を叱りながら、「教育」することはできない

 そして、部下の「問題」を指摘するのではなく、部下の「よい面」「できている点」を指摘する「正の注目」を心がけるのです。

「一見すれば誰でもできそうな当たり前のこと」でいいのですから、どんなに「問題」が多いように見える部下であっても、必ず「正の注目」をすることは可能です。

 これができれば、上司と部下の間に「安全安心」をもたらし、両者の間に「信頼関係」を形成することにも役立ちます。アドラーは生前に、講演で次のようなメッセージを聴衆に伝えています。

 相手を叱りながら教育することはできない。
 信頼関係を壊してから「教えてあげよう」と言っても、
 相手が拒絶するからだ。

 これを、次のように言い換えてもいいでしょう。
 相手との「信頼関係」こそが、「教育」が成り立つ大前提である、と。

 その意味で、部下の「よい面」「できている点」は、上司と部下の信頼関係づくりにおける大切な「リソース」なのであり、上司はそのリソースを最大限に活かすべきなのです。

(この記事は、『優れたリーダーはアドバイスしない』の一部を抜粋・編集したものです)

小倉 広(おぐら・ひろし)
企業研修講師、公認心理師
大学卒業後新卒でリクルート入社。商品企画、情報誌編集などに携わり、組織人事コンサルティング室課長などを務める。その後、上場前後のベンチャー企業数社で取締役、代表取締役を務めたのち、株式会社小倉広事務所を設立、現在に至る。研修講師として、自らの失敗を赤裸々に語る体験談と、心理学の知見に裏打ちされた論理的内容で人気を博し、年300回、延べ受講者年間1万人を超える講演、研修に登壇。「行列ができる」講師として依頼が絶えない。また22万部発行『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』や『すごい傾聴』(ともにダイヤモンド社)など著作49冊、累計発行部数100万部超のビジネス書著者であり、同時に公認心理師・スクールカウンセラーとしてビジネスパーソン・児童生徒・保護者などを対象に個人面接を行っている。東京公認心理師協会正会員、日本ゲシュタルト療法学会正会員。