では、新時代を作るトリガーとは一体何か?
拙著『「超」入門 学問のすすめ』でご紹介した書籍『歴史は「べき乗」で動く』(早川書房)でも、ダンカン・ワッツと同様の指摘が展開されています。
物理学研究者たちは、砂山ゲームという実験で大規模な雪崩を引き起こす「特別な砂」が存在するかどうか、というテストを行い、コンピューター解析の結果、むしろ大規模な変化を起こすきっかけとなるのは、砂山自体が「臨界状態」と呼ばれる、極めて変化を起こしやすい状態になっていることが、大規模な雪崩の原因だと判断したのです。
実験をした科学者たちは、大規模な変化の象徴としての「雪崩」は特別な一粒の砂ではなく、環境としての砂山が臨界状態になった時に起こると結論を出しました。
歴史の多くは一人の偉人が起点と考えられるストーリーに満ちています。しかし、ナポレオンや福沢諭吉のような人物も、歴史に名を残したのは、時代背景として臨界状態だった砂山の上に偶然生まれたおかげかもしれないのです。
もちろん、彼らが個人として資質に恵まれていたことは事実でしょう。しかし、社会全体が極度の安定感を持つ時代では、個人の突出した資質だけでは歴史は動かなかったのではないでしょうか。
歴史は私たちに役立つ教科書であるか否か、という問いの答えは「それを洞察力を持って眺めた場合に限り」というものだと思います。
組織に「臨界状態」を生み出すリーダーになる
では、少しだけ遡って「砂山を臨界状態にした人物」を探すとすれば、どうでしょうか?臨界状態の上に生まれた人物は、自分の行動が変化の引き金だと感じるかもしれませんが、それはお膳立てされた舞台の上に、偶然立っていたに過ぎないかもしれないからです。
フランス革命の直接の呼び水となったのは、放漫財政を重ねたルイ14世以降の王朝経営でしょう。そして、幕末の日本を臨界点に導いたのは、黒船で来航したペリーと適切な外交を実行できなかった旧江戸幕府だと推測されます。
集団や国家が、極めて変化しやすい「臨界状態」になった時、その集団からはヒーローが出現しやすくなるのかもしれません。なぜなら、改善を目指す人たちの行動が組織全体の大きな変化を導くように見えるからです(実際は、集団自体も変化したがっていたことが加速の要因)。
2010年に日本航空の再建のため、会長に就任した稲盛和夫氏は、組織に「臨界状態」を生み出す典型的なリーダーである可能性があります。巨大組織は「ただ動かされている」だけでは再生できず、自ら変化したいという強い願望を、集団全体で持たなければ劇的に変わることはできないだろうからです。
以前は掛け声だけで終わっていたことが、稲盛氏が指揮をする組織となった途端、完璧に実行するまで追求される。変化や改善が、周囲に簡単に伝染する組織となれる。
組織全体が変わりたいと望む集団になった時、その中でヒーローが生まれるのは当然と言えるでしょう。成果を出した者こそがヒーローであるならば、成果が出やすい環境こそがヒーローを後押しする大きな力になるからです。
そこには突出した個人よりも、集団の「臨界状態」が先に存在しているのです。