エネルギー動乱Photo by Masataka Tsuchimoto

激動の世界情勢の中でエネルギー政策とビジネスの潮目が変わりつつある。日本のエネルギー政策はどうあるべきか、企業戦略の方向性はどうなるのか。長期連載『エネルギー動乱』内の特集「脱・脱炭素の試練」の本稿では、リアリティーの高いエネルギー経済政策を提言している慶應義塾大学産業研究所所長の野村浩二教授へのインタビュー後編をお届けする。(聞き手/アクセンチュア ビジネスコンサルティング本部マネジング・ディレクター 巽 直樹)

「脱炭素は高コスト」が世界的に認識
日本や欧州で弊害が出始めて数年経過

――前編『「全産業への画一的な脱炭素は非効率だ」慶大教授が警鐘!日本が米中と同じく“理念から現実”への政策転換が不可欠な理由』では、排出削減目標などの政策が非価格要因として産業空洞化を促すことを伺いました。米国での政権交代は日本のGXに影響を与えないという意見も国内では根強いです。「4年後またどうなるか分からない、そんなことに振り回されていられないから方針は変えられない」と考える経営者の方もおられます。政策だけではなく、産業界全体を包むこうした「空気」も非価格要因のように見えます。

 まず脱炭素化が高コストであることが世界的に認識され、日本や欧州でその弊害が出始め、もはや数年経過したことを忘れてはいけません。そして、世界最大の経済大国であり、付加価値ベースで日本の最大の輸出相手国であり、さらに唯一の同盟国でもある米国の政策転換を、「振り回されてはいけない」と受け止める経営者の感覚は私には理解し難いです。日本政府は巧妙に、エネルギー供給者にはコストの価格転嫁を、需要側の大口ユーザーには補助の継続を、それぞれ保証している結果、官民協調の「空気」が社会全体に今も作用していると解釈すべきかもしれません。

 その差分を埋めるのが、将来導入予定のカーボンプライシング(CP)という税負担であり、その導入までの時間的ラグがエネルギー多消費(EITE)製造業に海外移転のインセンティブを与えます。今のGX政策が継続されれば、その前半期には非価格的な規制や圧力により、後半期には価格要因によって、空洞化が加速していくという構図が見通されるのではないでしょうか。

 電力自由化は、新規参入700社超の“疑似競争”状態を生み出しましたが、競争が機能していれば大半は淘汰されたはずです。このような制度的虚構を事業者は受容することで、一部では公益事業としての責任からも“自由”になった印象を受けます。GXの価格転嫁を「公益」とするならば、それが社会的合意を持つものか消費者調査をすべきでしょう。

 価格転嫁が事実上保証されている限り、短期的には内需型エネルギー企業のビジネスは安泰です。しかし、長期的にはマクロ経済の停滞を通じて、エネルギー需要の低迷や価格負担力の低下という形で、企業自身に跳ね返ってくるでしょう。かつての電力会社は、この経済全体の連関構造を理解し、公益を探求する経営の姿勢を深く持っていたと思います。

――第7次エネルギー基本計画では、「技術進展シナリオ」としてダウンサイドリスクのシナリオが米大統領選後に追加されました。もし、日本において国際社会への面従腹背が起こっているのであれば、むしろ「いちるの望み」のようにも見えます。