まわりの人から見たら、ちょっとヤバい男だ。ともすれば、匂いをかいでいるようにも見えただろう。誰かに白い目で見られていたかもしれない……その白い目が見えなくてよかった。

 どちらの出来事も、クククと笑いが込み上げてきて仕方がなかった。目が見えていないだけで、ちょっとした出来事がこんなにもおもしろくなるなんてと、ちょっとした驚きがあった。

 と同時に、僕の目が見えていないことをまわりに知ってもらううえで白杖は有効であり、自分とまわりにいる人の安全を確保するためにも、白杖が必要だと気づいたのだった。

白杖を手に入れたら
やりたいことがいっぱい!

「これ、三節棍みたいでかっこいいですね」

 それが僕の、白杖に対する第一印象だった。手にした折りたたみ式の杖は、束ねてあるゴムを外すとカシャカシャ・カシャンと小気味よい音を立てながら連結され、一瞬で1本の杖に姿を変えた。

 三節棍というのは映画『少林寺三十六房』に登場する武器で、文字どおり3本の短い棍が鎖でつながれており、主人公はそれを振りまわして敵と戦う。10歳にも満たなかった僕は、録画したその映画をビデオテープがすり切れるくらい観て育ったため、思わず、小学生男子のような感想を口にしてしまった。

「もう一度確認しますけど、石井さんが失明したのは今年の4月なんですよね?」

 10月のある日、白杖を携え家にやってきた歩行訓練士のIさんは、若干いぶかしげに僕に尋ねた。初回のカウンセリングを受けているときの僕があまりにもあっけらかんとして、白杖を手に入れたあかつきには「あんなことできたらいいな、こんなことできたらいいな」と、まくし立て話していたのがその理由だった。白杖を持てば、みんなみんなみんな叶えてくれる、そんな期待を抱いていたのだ。

「中途失明をしたかた、特に石井さんのようにある日突然、まぁ、これは稀なことなんですが、だいたいは外に出るのを恐れて引きこもってしまうことが多いんですよ。私、長年この仕事をしていますが、失明してからわずか半年足らずで、こんなにワクワクしながら白杖を手にした人は初めてです」