
Photo: Matt Roth for WSJ
米国の原子力発電所が放出してよい放射線量はどの程度か。「合理的に達成可能な限り低く」というのが米原子力規制委員会(NRC)の長年の主張だ。これは放射線被ばくに安全なレベルはないという前提に基づいている。
「しきい値なし直線(LNT)」と呼ばれるこの前提に厳密な科学的根拠があるわけではない。極めて低レベルの放射線が有害かどうかについて、コンセンサスはほとんどない。
だがこの基準が維持されていることが、原子力発電所の建設には時間がかかり、コストが高くなる一つの要因となっている。ホワイトハウスによると、米国では1954年から78年の間に133基の原子炉の建設が承認された。それ以降に承認されたのはわずかでしかない。理由はさまざまだが、75年に設立されたNRCの慎重主義が背景にあるのは疑いようがない。そうした姿勢は79年に起きたスリーマイル島原発の部分的メルトダウン(炉心溶融)で強まった。
エネルギー省のクリス・ライト長官は5月のインタビューで、ニューヨーク市の交通拠点であるグランドセントラル駅ですらNRCの放射線基準を満たせないと述べた。NRCの基準は自然放射線レベルを下回ることが多い。「基準値を非常識なほど低く設定すれば安全性が高まるわけではなく、ただ建設を妨げるだけだ」
業界を活性化するため、トランプ政権は5月に大統領令を発令し、NRCの規則やガイドラインの全面的な見直し・改定を命じた。これには「合理的に達成可能な限り低く」の文言とLNTも含まれており、NRCは見直しに向けた公開会議を近く開催する。
これは、規制緩和を通じて経済成長を促進しようとするドナルド・トランプ大統領の広範な取り組みの一環だ。規制緩和は関税や減税に比べると注目度は低いが、より強力かもしれない。関税のように特定の産業を優遇して他の産業を犠牲にすることはなく、減税とは異なりほとんどコストがかからない。
規制緩和が必ずしも良いとは限らない。規制は安全や環境保護、国家安全保障に寄与し、犯罪や差別を抑止する役割を果たす。ある規制のコストがそれによって得られる利益に見合うかどうかは、判断が分かれることが多い。