定年後の“営業デビュー”はできるのか?

――定年後に、営業職を新たに始めることはできるのでしょうか?

坂本:まったく道が閉ざされているわけではありません。ただ、営業職の多くは、現役時代の経験や人脈を活かして続けているケースが中心です。

特に保険や金融、不動産の営業は資格が必要だったり、専門的な知識が求められたりしますから、ゼロから始めるにはハードルが高めです。

そういった意味でも「定年後に向けて現役時代からの準備が必要な職種」といえるでしょう。

――たとえば、どのような準備があるとよいでしょうか?

坂本:もし営業職を定年後の選択肢として考えているのであれば、現役のうちから営業スキルを手にしておき、関連する資格の取得をしておくことや、顧客との信頼関係を築いておくことが重要だと考えられます。

営業は「人とのつながり」が価値を生む仕事です。年を重ねてなお続けられている方は、その点に長けている方が多い印象ですね。

――実際に営業職を80代になっても続けている方もいるようですね。

坂本:はい。たとえば個人事業主として保険代理店で長年営業をしてこられた方などは、顧客との関係性を保ちつつ、契約の保全や継続のフォローといった形で無理なく働き続けているケースがあります。

報酬は出来高制なので収入には波がありますが、自分のペースで働ける点が大きな魅力です。何よりも、これまで築いてきたキャリアを活かしながら、社会とのつながりを持ち続けられる点が、生きがいや健康維持にもつながっているようです。

――営業職は収入が高いというデータがありますが、体力的な不安を感じる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

坂本:おっしゃる通りです。営業というと「外回り」「ノルマ」「長時間労働」といったイメージがあり、特に年齢を重ねた方には「もう無理だろう」と感じさせてしまう面もありますね。

でも実際には、働き方や関わり方にはいろいろな形があります。今回ご紹介した保険代理店の方のように、ご自身のペースで、長年のお客様に対して必要なサポートをしていく、という働き方もあります。

――もし今からでも営業職を目指したいという人には、どんな道がありますか?

坂本:人との関係を築く力や誠実な対応が求められるという点では、接客業などの経験が活きることもあります。さまざまな業界、職場に営業職はありますから、その業界の知識があることもひとつの強みになるでしょう。
未経験でも、シニアを積極的に採用していて研修制度のある会社などと、これまでの経験をうまく接続できれば、新たな可能性が見えてくるかもしれません。

ノルマやストレスが気になる人へ。選択肢は他にもある

――営業職は収入面では魅力的ですが、やはりノルマやストレスは気になります。

坂本:営業職は、あくまで“選択肢のひとつ”です。高収入が期待できる一方で、ノルマや精神的負担を負いやすい仕事でもあります。また、顧客との対応で気を遣う場面が多いという点も、体力的に余裕のない方にとっては負担になることがあります。

そういった意味で、「もう少し心身に余裕を持って働きたい」「人と競わずに仕事を続けたい」と感じる方には、営業以外の職種のほうが合っているかもしれません。

――営業職以外にも、定年後に向いている仕事はありますか?

坂本:もちろんあります。私が今回『定年後の仕事図鑑』という形で多くの職種を紹介したのも、「営業職のようないわゆるホワイトカラーの仕事だけでなく、無理なく続けられる働き方もたくさんある」ということを知っていただきたかったからです。

『定年後の仕事図鑑』では、営業職以外にも、資格不要で始めやすい仕事や、働く時間の短い仕事、体力やストレス面での負担が少ない仕事を多数紹介しています。世の中には本当にさまざまな働き方があり、そのなかのひとつが自分に合った選択肢になるかもしれません。

定年後の仕事選びで「あくまでホワイトカラーにこだわりたい」「これまでと同じでなければならない」と思われる方も多くいらっしゃるかもしれませんが、データから実態をみると、多くのシニアの方が自分の「今」にフィットする働き方を見つけて高い幸福度で働かれています。

会社員時代にはキャリアのレールがあって、そこに乗っていれば自然と進むことができました。でも、定年後にはそのレールはなくなります。だからこそ、自分で「どんな働き方をしたいのか」を考え、選んでいくことが大切になります。ご自身の価値観や体力、ライフスタイルに合わせて、納得のいく働き方を選んでいただきたいと思っています。

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坂本貴志(さかもと・たかし)
リクルートワークス研究所研究員・アナリスト
1985年生まれ。一橋大学国際・公共政策大学院公共経済専攻修了。厚生労働省にて社会保障制度の企画立案業務などに従事した後、内閣府で官庁エコノミストとして「経済財政白書」の執筆などを担当。その後三菱総合研究所エコノミストを経て、現職。研究領域はマクロ経済分析、労働経済、財政・社会保障。近年は高齢期の就労、賃金の動向などの研究テーマに取り組んでいる。著書に『月10万円稼いで豊かに暮らす 定年後の仕事図鑑』のほか、『ほんとうの定年後「小さな仕事」が日本社会を救う』『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』(共に、講談社現代新書)などがある。