価格上昇の最大の要因は
賃料の期待上昇率アップ

 12年ごろと現在とでは同じ条件のマンション(70平米、残存価値47年、12年時点月間純賃料25万円)の価格評価がどのように変わるか考えてみよう(下図参照)。

 図表2の上段のケース1(青色)は、12年ごろの市況を想定したものだ。まず現在価値を求めるための割引率は、国債など無リスク資産の利回りとリスクプレミアムとの合計になる。リスクプレミアムとは、投資家(所有者)が投資リスクの見合いに要求する一種の超過リターンである。

 無リスク資産の利回りとしては00~12年の10年物国債利回りの平均値1.4%を使った。リスクプレミアムは直接的に計測できないが、仮に4%と想定した。

 また賃料の期待上昇率は01~12年のマンション賃料伸び率の平均値であるマイナス0.1%(年率)とした。その想定で計算すると、将来47年にわたる所有者が受け取るキャッシュフローの総額は1億3781万円、その現在価値は5015万円になる。

 年間賃料を購入価格で割ったものを「キャップレート」と呼んでいるが、5015万円を購入価格として計算したキャップレートは6.0%となる。これは筆者の12年当時の実際の経験に近い。

 さて、25年の現在はどうなるか? それが図表2の中段のケース2(ピンク色)の計算である。10年物国債利回りは足元で1.6%である。

 リスクプレミアムは過去10年余にわたりマンション・アパート投資家が大きく増えていることを考量すると12年の4%の想定よりは低下しているはずだから、3%と想定してみよう。

 劇的に変化したのが賃料の期待上昇率だ。デフレが続いて将来の賃料引き上げがほとんど期待できなかった12年ごろと異なり、東京23区のマンション賃料はインフレ率の底上げに連れて22年ごろから上がり始めている。

 22年第1四半期から25年第2四半期までの東京23区の平均賃料上昇率は3.7%(アットホーム・マンション賃料)なので、この上昇率を期待賃料上昇率として計算すると、47年間の受け取り賃料累計額は3億6614万円となり、その現在価値は1億1126万円になる。これは12年の5015万円の2.22倍だ。

 つまり図表1で示した東京のマンション価格の2倍強(12年比)の上昇は、インフレ率の底上げを背景とした賃料の期待上昇率で大半が説明できることになる。ラフな推計だが、これが肝心なポイントだ。

 ただし今後は日本銀行による穏やかな利上げが続き、それに伴い10年国債利回りもとりあえず2%前後に上がりそうだ。また一時期3%を超えていた消費者物価上昇率は2%台に低下する見込みだ。

 そこで10年物国債利回りが2.0%に上昇、賃料の期待上昇率は3.0%にやや低下した場合の同条件のマンション価格の現在価値を図表2の下段のケース3(黄色)に示した。この場合に現在価値は8925万円となり、中段のケース2より約20%低下する。

 もちろん以上は、他の条件は変わらないという想定の下でのかなり単純化したシミュレーションだ。マンション価格の短期・中期の変化には、後述の通り需給的要因、建築コスト要因なども加わるので、「この通りに下がるはずだ」という予想ではない。

 さて次に東京の23区を5地域に分けたマンション価格の変化を示したのが、図表3である。これを見ると東京23区内でも、地域によってマンション価格の水準・上昇率共にかなり異なることが分かる。

 価格水準として最も高く、近年の上昇率も高いのが都心3区(千代田、中央、港)であり、12年比で約3.2倍だ。これは図表2で示したシミュレーション結果をはるかに超える上昇率である。

 とりわけ22年以降の上昇率は高く、年率で15.8%(22年12月起点)もの高騰だ。1区分所有で価格1億円を超え、数億円の物件が最も多く分布しているのもこの地域である。この地域の価格高騰が23区平均で見たマンション価格を押し上げているともいえる。

 この地域のマンション価格の高騰については、国内外の富裕層・超富裕層の買いが加わった過大評価だと筆者は感じている。ただしそれがキャッシュリッチ(債務に依存していない)富裕層の購入が主である限り、バブル崩壊的な大反落の可能性は薄いだろう。

 日本の90年前後の不動産バブル、米国の00年代の住宅バブル、そして中国の不動産建設バブルも、それぞれ特有の事情があるが、債務の膨張に依存した資産価格の高騰だった点で共通している。

 債務に深く依存していたからこそ、資産価格が下がり始めると債務返済に追われ、やむにやまれぬ損切りとなって資産価格の暴落を引き起こした。

 ところがキャッシュリッチな富裕層の買いは、仮に4億円で購入したマンションの評価額が3億円に減価したところで債務返済のために損切りに追い込まれる必然性がない。その結果、バブル崩壊的な暴落にはなり難い。

 不動産など資産価格が信用(債務)の膨張によって過熱化しているかどうかは、日本では日銀が6カ月に一度公表する「金融システムレポート」の「ヒートマップ」で包括的に確認できるので、ご関心のある方はご覧いただきたい。この点で90年前後と異なり、ほとんど過熱化していないのが現状だ。

 また、ニューヨーク、ロンドン、シンガポール、香港など大都市部のマンション(コンドミニアム)はファミリータイプ(70平米前後)で、円換算1億~3億円程度に分布している。それを考えると1億円を超える東京都心の物件価格も「国際標準並み」といえるのかもしれない。

需給の逼迫と建設費の上昇で
価格下落は望み薄

 さて最後に、短期・中期のマンション価格の変化に注目し、東京の中古マンション価格の前年同月比(%)変化を回帰分析してみよう。

 使うデータは「不動産住宅価格指数」と呼ばれる中古マンション価格指数(東京)で、その前年同月比(%)の変化を対象にする。価格変化の要因(説明変数)としては、市場における需給関係の強弱を示すものと、建設費の変化を示すものと双方設定するのが望ましいだろう。

 市場における需給の強弱は、筆者はかねてよりマンションの売り物件数を月間成約件数で割った「在庫倍率」の12カ月移動平均値が、中古マンション価格指数の変動を説明する上で安定的に有効であることを確認している(データ:東日本不動産流通機構)。

 今回は建設費の変化を示すデータとして建設物価調査会 が月次で公表する建設費指数・工事原価(東京、集合住宅、RC構造、データ15年から)が有効であることが分かったので、これを使用してみよう。

 図表4には、東京の中古マンション価格指数の推移(黒色、右メモリ)、同価格指数の前年同月比%(青色、左メモリ)、回帰分析で得られた同推計値(黄色、左メモリ)、建設費指数(工事原価、茶色、右メモリ)を示した。

 回帰分析の結果は、変数間の関係性は高いレベルで有意であり(関係が偶然ではない)、説明度を示す決定係数は69%と高く、黄色の推計値が実測値(青色)の変化をおおむねなぞっているのが分かるだろう。

 図表4が示す通り、中古マンション価格指数の上昇とほぼ並んで建設費指数が上がっている。

 さらに在庫倍率はグラフが混雑するので図には描いていないが、06年1月~25年7月の在庫倍率の平均値は15.7倍であるのに対して、直近の25年1~7月の平均値は10.8倍だ。つまり現在は中古マンションの需給がかなりタイトになっていることを示している。

 これは超富裕層の買いだけでなく、東京では夫婦大卒で働くダブルインカムで世帯年収1400万~1500万円、あるいはそれ以上の世帯が増えており、忙しい彼らは貴重な時間を節約するために職場に近い住居として都心のマンションに対するニーズが高いことも影響しているだろう。

 以上をまとめると、数億円という超高額物件層は別として、中間的な価格帯の東京のマンション価格の上昇は、タイトな需給と建設コストの上昇の2要因によって引き起こされている可能性が高い。逆に言うと、需給の緩和や建設コストの低下が今後期待できない限り、価格が頭打ちになることはあっても目立った反落は望めないだろう。