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AIとITの融合は、金融の速度・範囲・効率を劇的に高め、取引の自動化と市場構造そのものを変えつつある。一方で、同質的行動、誤情報の増幅、インフラ障害、瞬時の資金流出といった新たなリスクも急拡大している。技術が金融の強靭(きょうじん)性を高めることは間違いないが、コードの反応速度で金融危機が起きるといった事態は十分に考えられる。(ピクテ・ジャパン シニア・フェロー 大槻奈那)
AIとITが再定義した金融インフラ
取引・与信・決済の“人間依存”なき時代へ
2009年、サブプライム問題を引き起こした金融業界をみて、元FRB(米連邦準備制度理事会)議長ポール・ボルカー氏は、「過去四半世紀で有益なイノベーションはATM(現金自動預け払い機)だけだった」と痛烈に揶揄(やゆ)した。
ところが、その後、AIとITの融合によって、かつてない変革を遂げつつあり、かつて最高のイノベーションとされたATMすら不要になりつつある。
日本では送金や決済処理の約9割がデジタル化し、個人投資家の注文の大半がスマートフォンアプリから発せられる。銀行では与信審査にAIモデルを導入し、数秒で企業の信用力をスコア化できるようになった。米国では国債や社債の取引の約70%がアルゴリズム経由で執行され、外国為替市場ではAIがリアルタイムに取引ペアを最適化する。
金融市場のデータ量は、1日当たりで10年前の100倍を超えるとされ、AIがそれを解析・執行することで、取引コストとスプレッドは歴史的低水準にまで縮小している。
これらのIT基盤は、金融を地理的制約から解放し、流動性の移動と価格発見の速度を飛躍的に高めた。いまや世界の金融市場は、情報とコードが資金を動かす時代へと移行しつつある。しかし、こうしたAIとITの技術革新は、従来型の金融リスクを大きく変化させつつある。
次ページでは、どのように金融リスクが変化しているのかを検証しつつ、起こりうる危機の姿を描いてみたい。







