鳩山一郎は組閣直前で公職追放の憂き目
辻は「ならば吉田しかいない」とキングメーカーに

 戦後初の総選挙で第一党となった日本自由党の総裁は鳩山だった。憲政の常道からすれば当然、鳩山が総理になるべきところだ。しかし、そうはならなかった。組閣人事も決めて準備万端。いよいよ認証式という段になって、突然、鳩山が公職追放になってしまったのだ。

 辻嘉六の娘の辻トシ子は、ノンフィクション作家の石井妙子の取材に応えて、当時のことをこう語っている。「父はとても寂しそうに笑ってね、『トシ子、俺はひとり総理大臣を作り損ねたよ』と呟いたわ。もう、後はすっかり寝付いてしまった」。

 日本政界は、茫然自失に陥っていた。政治空白をつくらないためには、新しい自由党総裁を選び直さなければならない。そのとき、「吉田茂をおいて他に鳩山の代わりを務められる人間はいない」と主張して、反吉田派をなだめたのが辻嘉六だった。

 鳩山の公職追放によって、鳩山を総理にするという辻嘉六の夢は実現しなかった。だが、辻嘉六は、吉田内閣の成立を後押しすることでキングメーカーとなり、かえって黒幕としての存在感を示すことになったのだった。(敬称略)

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