ダイヤモンドで読み解く企業興亡史【サントリー編】#38

昨年、サントリーホールディングスで10年ぶりに創業家出身者がトップに就任する“大政奉還”があった。創業120年超の歴史を誇る日本屈指の同族企業、サントリーの足跡をダイヤモンドの厳選記事を基にひもといていく。連載『ダイヤモンドで読み解く企業興亡史【サントリー編】』の本稿では、「週刊ダイヤモンド」1985年5月11・18日合併号の記事「キリンもついに生(なま)進出!“新顔づくり”に四苦八苦のビール夏の陣」を紹介する。85年、ビール業界に大きな衝撃が走った。熱処理したラガービールで王者に君臨してきたキリンビールが“生”に本格進出したのだ。「キリンのラガービールvs3社の生ビール」という対立構図は転換し、ビール戦争は新たな局面を迎えることとなった。67年に日本初の生ビールを投入した“生の本家”のサントリーは、ウイスキー不振という逆風の真っただ中にあった。記事では、サントリーをはじめとする3社のキリンへの対抗策を解説している。(ダイヤモンド編集部)

ビール戦争が新たな局面へ
キリンが“生”へ本格進出!

 キリンビールが今年(1985年)4月から大瓶(633ミリリットル)、中瓶(500ミリリットル)の生ビール、通称“びん生”を全国的に発売している。これは生ビール市場への本格参入を露骨に表したものであった。

 業界の声はさまざまである。その中で「キリンにとってラガービールだけでは下位3社の生攻勢に抗し切れなかったのでは」とは身の程を知らない発言。「キリンは瓶詰め生ビールは出さないと言ったはず」が偽らぬ気持ちであろう。

 というのも、下位3社は市場の60%を占有するキリンのラガービールを切り崩すのに生ビールで対抗、ようやくにして定着への糸口をつかみかけた矢先の出来事であったからである。ラガー対生――これはキリンと下位3社の熾烈な戦いにぴったりの響きがあったし、下位3社は事あるごとに生の良さを戦術として使用していた。

 キリンが生への本格参入に踏み切った以上、下位3社はこれまでの“標的”を失い、戦術の変更を迫られることになった。ついにくるべきものがきたという感じだ。

 ここで、正確に言うと、ラガービールとは貯蔵、熟成工程を経たビールのことをいい、このラガービールから不要となった酵母を除去するために低温熱処理したのがパストールビール(熱処理ビール)で、熱処理せずに酵母をろ過処理したものがドラフトビール(生ビール)なのである。

 ビールは83年から84年にかけて“容器戦争”が熾烈化した。特に84年に入りキリンが15種類、サントリーが14種類の新製品を出してから大乱戦となった。

「週刊ダイヤモンド」1985年5月11・18日合併号▲容器戦争におさらば。それぞれに“顔”に合わせた大型商品を育成注力し始めた

 今年夏に向かっての新製品はちょっと様子が違う。キリンが生ビールの大瓶、中瓶など6種類、サッポロが消費者の感性に訴える生たまご√2(ルート2)と、従来とは違ったクラシックなネクストワン缶ナマなど5種類、アサヒが生のとっくり、つの樽など面白商品を中心とした4種類、サントリーが提案商品アワ缶など7種類と輸入品をそろえ、全体として新製品の数が絞られている。

 キリンでは「熱処理ビールと生ビールは品質的に変わらないことはいまもって確信しているのですよ」という。その一方で、「過去5年間の調査結果で、“生”というネーミングが何かフレッシュな感じを与え、これが消費者に受けている面がある」と本音を吐く。問屋や小売酒販店からの要望も強かったに違いないが、「熱処理ビールというキリン本来の“顔”と“味”は今後、大事にしていきたい。生もありますよということです」と。