「フロリダではディズニーワールドの日本食レストランで鉄板焼きシェフとして働かせてもらいました。凄く楽しい経験であった半面、“海外で働くってこういうことなんだ”という気付きもたくさん得られました」

 言語や風習の違いによる意思疎通の難しさ。英語を駆使して接客することの壁。イメージしていた以上に思い通りにいかないことが多く、とくに自分の英語力が通用しない場面では、胸中で悔しさを噛み締めたという。

 しかし、そんな体験は確実に血肉となり、神谷さんはますます海外への憧憬を高めていく。

東京での窮屈な生活に募る不満
2年で退職して地方へ

 もともと、「みんなと同じようにしないといけない、控えめでいることが美徳といった日本の習慣は合わない性格」というのが神谷さんの自己分析。だからこそ、幾度もの海外渡航を経て知り合った現地の人々との交流は心地良かった。

 自ずと就職活動においても、海外との関わりが見込める企業に関心が向く。

 結果的に新卒で入社することになったのは、東京に本社を置く不動産企業だった。神谷さんは海外事業本部に配属され、主にアメリカの不動産の売買における契約管理を担当する。これが2019年のことである。

 しかし、ほどなくコロナ禍を迎えたこともあり、神谷さんは次第に閉塞感を募らせていく。

「仕事は楽しかったし、働きやすい会社でしたが、東京での暮らしは私にはちょっと窮屈でした。家賃は高いのに部屋は狭いし、車を所有することもできません。そんな中、台風の日に満員電車に揉まれて出勤している途中でふと、『私、一体何をやっているのだろう』と疑問を感じてしまったんです」

 では、自分が本当にやりたいことは何か? そう、自分自身を見つめ直し続けた結果、神谷さんは2年で退職を決意。これはひとえに、東京を抜け出したい一心からのことだった。

 ただ、東京を出るとしても、時勢的に海外に出られるタイミングではない。そこで興味の矛先が向いたのが、観光や地方創生に関わる仕事だった。

「もともと昔から、観光産業には興味がありました。大学の卒論も、実家の近くにあった重要伝統的建造物群保存地区の観光まちづくりをテーマにしたほどです。そこで目にとまったのが、古民家を活用してホテルを造る企業でした」