ピンと来るものを感じて問い合わせを入れたところ、話はとんとん拍子に展開。神谷さんは福岡県うきは市に居を移し、エリアマネージャーとして古民家再生の事業に携わることとなる。
エリアマネジャーとして
古民家再生事業にコミット
使われていない古民家をホテルとして改装し、事業化する。これは地域資源を生かした、アップサイクルな取り組みといえる。
しかし、それまでとはまったくの畑違いで、右も左もわからない状態からのスタート。ステークホルダーとの折衝も行政との調整も、すべて1から学びながら事を進めるしかなかった。
うきは市移住後はフィジカル的にもメンタル的にも激務を強いられたが、どうにか食らいつくことができたのは、この事業に大きなやり甲斐を感じていたからだった。
「まったくの素人の状態でありながら、資金調達から内装、家具選びまで何でも自分でやらなければならないのは、かなり過酷ではありました。ただその分、与えられる裁量が大きく、いろんな経験が積めたのも事実です」
転職から2年半後には、拠点を福岡市内に移し、九州のほぼ全域にプロジェクトは拡大。自ら仕掛けたイベントが大きな反響を得て、このうえない充足感が得られたこともあった。また、手掛けたホテルを販売する業務業務を任されたことから、海外のエージェントと交渉するなど、英語力を生かせる立場も経験できた。
しかし、転職から4年目に差し掛かった頃、過剰な負荷からついに肉体は限界を迎える。体調不良に苛まれた神谷さんは退職を決意し、次のステージを目指すことになる。
海外企業と関わる仕事と、観光の仕事。自分の中に内在する2つの軸を経験し、社会人としてそれなりのキャリアを積んできた神谷さんだが、次の転職活動は「なかなか厳しかったですね」と振り返る。
「もう名古屋へ帰ろうと思って転職活動を始めたものの、自分自身が海外のお客様と直接やりとりできる現場にこだわったせいか、なかなか望む会社に出合うことができませんでした。正直、名古屋には大手自動車メーカーやその関連会社がたくさんあるので、楽勝だろうと高をくくっていたのですが……、これは大きな誤算でしたね(苦笑)」







