米ワシントンで記者会見場を後にする連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長米ワシントンで記者会見場を後にする連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長=4月29日 Photo:EPA=JIJI

パウエル前FRB議長の8年間は、低インフレ時代から地政学的インフレ時代への転換期だった。パウエル氏の議長時代の総括とウォーシュ新議長を待つ試練を前後編で取り上げる。パウエル氏はコロナ危機対応では金融システム危機を防いだ一方、その後のインフレ加速を「一時的」と見誤った。前編では、低インフレ時代の政策枠組みがなぜ判断の遅れを生んだのかを検証する。(BNPパリバ証券経済調査本部長兼チーフエコノミスト 河野龍太郎)

低インフレ時代の最後の議長が
直面したインフレの逆襲

 ジェローム・パウエルFRB(米連邦準備制度理事会)前議長の8年間(2018年2月5日~26年5月22日)は、ディスインフレ時代からインフレ時代への移行期だった。低インフレ時代の最後の議長として就任し、地政学的インフレ時代の最初の議長として退任した。

 パウエル氏の評価の難しさは、そこにある。単にコロナ危機にはうまく対応したが、その後のグローバルインフレは後手に回ったというだけではないだろう。

 議長を務めた8年間を4つの幕に分けて検証していく。

 第一幕はリーマン危機後の金融正常化(18~19年)の時期である。

 パウエル氏は、ジャネット・イエレン元議長から、リーマン危機後の金融正常化という課題を引き継ぎ、18年は4度の利上げ(FF〈フェデラルファンド〉レート1.25~1.5%→2.25~2.5%、以下同)とバランスシートの縮小を続けた。

 しかし、18年末の株価急落と金融市場の動揺は、正常化が金融市場の許容限度に近づいていることを示していた。19年には、米中貿易摩擦と世界経済の減速懸念を背景に、FRBは3度の予防的利下げへと転じた(2.25~2.5%→1.5~1.75%)。パウエル時代の第一幕は、金融正常化の継承で始まりながら、金融市場の不安定化によって軌道修正を迫られた。

 第二幕はコロナ危機とインフレ加速(20~21年)の期間だ。次ページでは、コロナ危機対応とその後のインフレへの対応を検証する。