「今のやり方を問い直さず、時間がかかる理由を説明して終わる人」だ。

 これは、単に孫氏と相性が悪いという話ではない。仕事ができる人とできない人を分ける、重要な違いではないだろうか。

 もっとも、冒頭で叱責された須田氏は、その後、ベンチャー企業の立ち上げや上場支援などに携わり、現在は複数の上場企業で社外役員を務めている。本人も、当時の激務や失敗を重ねた経験から、人よりも仕事を速く処理できるようになったと振り返っている。

 夜中まで働いている。技術の完成には何年もかかる。どちらも嘘ではないし、それぞれに事情はある。だが説明がそこで止まれば、翌日も同じ手順で、同じだけの時間を使うことになる。どれだけ必死に働いても、予定表は1日も前に動かない。

 孫氏の問いは、その説明の先に向いている。仕事が多いなら、何が残っているのか。時間がかかるなら、金を積めば短縮できる部分はどこか。1000個のタスクを書き出す指示も、希望額を超える出資提案も、今ある条件を見直すよう促した点では共通している。

 変えられるのは、時間や金だけではない。この仕事を一人で抱え込む必要は本当にあるのか。前の作業が終わるまで、じっと待っていなければならないのか。答えを知っていそうな人に、先回りして聞きに行けないのか。努力の量を増やす前に、努力を注ぐ場所を探し直す。孫氏が部下に求めていたのは、そういう頭の使い方だろう。

何を変えれば早くなるのか
仕事を細かく割って見直す

 身近な仕事に置き換えてみる。ある製品の開発に6カ月かかるとしよう。その6カ月のうち、実際に手を動かしている時間と、確認や返事を待っている時間はどれくらいか。外に出せる工程はないか。全部の機能がそろう前に、客に触ってもらえる部分はないか。

「6カ月かかります」の一言からは、どこをいじればいいのか何も分からない。作業を分けてはじめて、手を入れられる場所が見つかる。作業に名前がつけば担当を替える相談ができるし、誰の返事待ちかが分かれば催促もできる。「遅れています」という報告だけでは、この相談は始まらない。タスクを1000個書けという命令は、仕事を細かく割って見直せという注文だったのだろう。

 須田氏が求められたのは、やるべき仕事を具体的に書き出すことだった。イジケビッチ氏が問われたのは、構想の実現に必要な金額だった。どちらも、目の前の計画に手を入れるところから始まっている。

 遅れる理由をいくら丁寧に説明しても、仕事は一つも片づかない。何を変えれば早くなるのか。孫氏が顔を真っ赤にしてまで引き出したかったのは、その答えだったのではないか。