アメリカ人学者アルフレッド・チャンドラーは、経営史という研究分野を築き上げ、ほぼ半世紀にわたってその分野を支配した近代最初の歴史学者である。第2次大戦後、彼が経営史にめぐり合ったときには、それは当時出現したばかりの、より広い分野を扱う経済史と呼ばれる分野の幼い従兄弟のようなものにすぎなかった。経済史は国家経済や国際経済に影響を与えるマクロ財政問題を扱う極めて理論的な学問であった。
人生と業績
チャンドラーは1918年生まれで、7歳のとき父親から与えられたウィルバー・フィスク・ゴーディの『初めて読むアメリカの歴史』(Elementary History of the United States)が彼の歴史に対する興味の扉を開いた。ノースカロライナ大学ハーバードカレッジのフィリップス・エクセター・アカデミーで学び、文学修士号を獲得する。その後ハーバード大学へ進み、1952年に歴史学における博士課程を修了した。戦時中は、大西洋艦隊の射撃訓練や太平洋での爆撃攻撃を写真分析する部隊に所属していた。
チャンドラーは社会学への関心を覚え、人間の行動の分析から概念を明確化し法則化し理論化することの重要性を学んだ。経営史に対する興味に最初に火がついたのは、博士論文のテーマを選ぶ段になったときだ。彼の大叔母が突然死去し、チャンドラー一家は彼女の家に引っ越すことになった。そこには彼の祖父であるヘンリー・バーナム・プアーが個人的に書いた論文が保管されていた。プアーの名前は、現在でもビジネス情報提供会社「スタンダード&プアーズ」の社名に残っている。
プアーは、20年近くにわたり「アメリカ鉄道ジャーナル」(American Railway Journal)の編集を行なった、アメリカの鉄道に最も精通している人物の1人だった。チャンドラーは、プアーの個人的論文や新聞やハーバードのベーカー図書館にある関連図書から自分で集めた豊富な資料を使って、一連の論文や博士論文、そしてそれをまとめて本にした『ヘンリー・バーナム・プアー・編集者、アナリスト、改革者』(Henry Varnum Poor: Business Editor, Analyst, and Reformer)を執筆した。
形成期におけるアメリカの鉄道会社に関するこの処女作品で、彼の特徴的手法が開花した。それは広範囲な比較分析の才能を駆使して過去の歴史から明らかなパターンを見つけ出し、そこから理論を導き出すというものである。