この28年間で変わったもうひとつの要素

 この28年間で変わった要素のもうひとつは、テロという言葉や概念に対しての認識だ。1985年以前にもテロはいくらでもあった。ただしこの時代のテロリズムには、政治的弱者の最後の手段としての示威行為的な気配が残されていた。でも日本では1995年の地下鉄サリン事件(サリン事件がテロか否かであるかについてはとりあえず措く)、そして世界では2001年のアメリカ同時多発テロ以降、そんなニュアンスは綺麗さっぱり消えた。テロは何よりも卑劣であり、危険や邪悪の代名詞として使われるようになった。

 つまり絶対悪だ。

 だからこそテロ対策やテロ防止などを理由にされると反対しづらい。危機を煽るメディアの報道と相まってテロへの不安や恐怖ばかりが増大し、対策としての監視強化や管理統制が整合化される。治安や安全保障などの言葉をまぶした法律や委員会が雨後の筍のように増殖する。実際に秘密保護法成立の根拠として、テロ対策的なレトリックは頻繁に使われた。要するに「伝家の宝刀」だ。でもこの宝刀は抜きっ放し。テロ警戒中などの貼り紙やステッカーをいたるところで目にするようになった。街の監視カメラと同じように、増えれば増えるほど不安や恐怖が強くなる。こうして負のスパイラルが加速する。

差し出された新聞の見出しに呆然とした

 授業終了後、早稲田大学の4年生で南京の授業をモグって聴講している杉森祐幸が、「先生これ見てください」と言いながら、手にしたスマホを南京の目の前に差し出した。何で学生のスマホを見なくてはならないんだ。僕の携帯はガラケーだからバカにしているのか。

「違いますよ。写真を見てほしいんです。治安維持法成立直前の新聞を大学の図書館で検索して、その見出しを撮影したんです」

 言われてしぶしぶ見た。次の授業の準備があるから忙しいのに。でも見ると同時に呆然とした。(1)の見出しは「世論の反対に背いて治安維持法可決さる」。そして(2)は「無理矢理に質問全部終了」。どちらもどこかで目にしたばかりのフレーズだ。思わず南京は訊いた。

治安維持法制定時の新聞を見て実感、<br />この国はまた同じ時代を繰り返す(左)見出し(1)「世論の反対に背いて 治安維持法可決さる」(朝日新聞 1925年3月8日)
(右)見出し(2)「無理やりに質問全部終了」(朝日新聞 1925年3月7日)

「……本当にこれは当時の新聞の見出しなのか?」
 「当時です」
 「ここ数日の見出しと変わらないじゃないか」
 「まだあります」