上手なスピーチに必要な
たったひとつの習慣

 上手なスピーチをするには、まず入念な準備をし、万全の状態で本番に臨めるように努めなければならない――。カーネギーはそう強調します。

一九一二年以来、毎年私は、職業上の義務として五〇〇〇におよぶ演説を評価・採点してきました。その経験から、ひとつの大きな教訓が、他のすべての山々をしのぐエベレスト山のように、群を抜いています。それは、「用意周到な話し手のみが、自信を持つ資格がある」ということです。不完全な武装で、また、弾薬をまったく持たずに戦場に臨んでは、恐怖というとりでを粉砕することを、だれが望めるでしょうか。リンカーンも語っています。――どんなに年の功を積んでも、準備なしには、混乱せずに話すことができようとは思えない」(36ページ)

 リンカーンのような著名な演説家でさえスピーチの準備に余念がなかったと聞くと、私たち一般人は少し安心しますね。もっとも、準備にいくら完璧を期しても、練習をしなければスピーチの技術は向上しません。カーネギーも、あらゆる機会をとらえて練習を重ねることでスピーチの技術が磨かれ、人生を豊かにすると指摘しています。

 第一次世界大戦前に一二五番街のYMCAで講義していた講座の内容を、私は、ほとんどもとのおもかげもとどめないほどに変えてしまいました。毎年、新しいアイデアが講義に織り込まれ、古いものは捨てられていきました。それでも、変わらない鉄則がひとつあります。それは、どのクラスのどのメンバーでも、最低一回は(たいていの場合は二回)仲間の前に立って話をしなくてはならないということです。なぜでしょうか? それは、水のなかに入らなくては泳ぎを覚えられないのと同様に、実際に人前で話をしないことには、人前で話すことを習得することはできないからです。かりに、本書をも含めて、弁論術について書かれた本をことごとく読破し、それでも上手に話せるようになれなかったとしても、不思議はありません。手引書として、本書は完璧なものです。それでもやはり、そのなかに書かれていることを実行に移さなくては意味がありません。

 ジョージ・バーナード・ショー(19~20世紀にイギリスで活躍したアイルランド出身の劇作家。1925年にノーベル文学賞受賞=筆者注)は、どのようにして、聴衆を相手に、あれほど説得力のある話し方ができるようになったのかと問われて、こう答えました。

「スケートの滑り方を覚えるのと同じ要領ですよ。いくら失敗して人から笑われても、臆することなく、練習に練習を重ねたのです」(24~25ページ)