麻生太郎首相が景気・金融危機対策に全力で取り組んでいる。その一方で、いわゆる「解散風」が吹き荒れている。麻生首相の景気・金融危機対策への強い意気込みは衆院解散を視野に入れた「実績づくり」であり、「早期解散への布石」と受け止めている。

 しかしながら、麻生首相の景気・金融危機対策は、今後の政局の新たな対立構図を浮き上がらせたように思う。そこで今日は、解散・総選挙の時期ばかりが焦点となっている世の中の空気をあえて読まず、その対立構図を明らかにしてみたい。

政局に弱く不遇の「政策新人類」

 1998年の金融危機では、いわゆる「政策新人類」と呼ばれる自民党・民主党の若手議員が活躍した。「政策新人類」とは、民主党の枝野幸夫、池田元久、古川元久らと、これに協力した自民党の若手、石原伸晃、塩崎恭久、渡辺喜美らを指す。世代的には93年、細川政権が誕生した総選挙で初当選した世代が中心となる。

 「政策新人類」は、細川政権が誕生し、その後政党の離合集散が繰り返される中で、若手の頃から政策立案の中心的役割を果たした経験を持っている。その反面、いわゆる「下積み」が足りないとされ、政局にはあまり強くない。その結果、自民党でも民主党でもともに彼らが党の中心的立場となった時に政局運営で大きな失敗を犯した。

 自民党では塩崎官房長官など「政策新人類」世代が多く入閣した安倍政権が、度重なるスキャンダルや年金問題への対処に失敗して「お友達内閣」と批判され、参院選で惨敗した。民主党では、前原誠司代表が、いわゆる「永田メール事件」の処理でつまずいて退陣に追い込まれた。そして、与野党ともに「政策新人類」は無能の烙印を押され、不遇をかこっていたのである。

「政策新人類」が
金融危機で存在感を増す

 金融危機は、少なくとも民主党に関しては、「政策新人類」の政治的復権への好機だ。現在審議中の金融機能強化法改正案の国会審議は、彼らが中心となるからだ。そして、それは小沢執行部にとっても、決して悪いことではない。なぜなら、小沢執行部のいわゆる「対立軸路線」に対する批判を和らげる効果があるからだ。