山岸氏は32人の生徒を想定した。そのクラスでは、一人のいじめっ子(ボス)が一人の子どもをいじめている。後の30人はいじめられている子がかわいそうだと思いながらも、いじめっ子に従わないと今度は自分がいじめの対象になってしまうから仕方なく、そのボスの命令でいじめに加担していた。

 この場合に、どのくらいの人数の生徒が団結すれば、いじめをやめさせようという機運が高まるのであろうか。いじめを止めさせようという行動をとる人が増えれば増えるほど、その行動をとるリスクは減り、同じ行動をとりやすくなるわけである。

 もちろん、これには個人差がある。ほとんどの人間が阻止に回らないと動かない子もいれば、率先して反対に回ろうとする子もいるだろう。山岸氏は、棒グラフを使って、このクラスの傾向例を表した。

 何らかの理由でいじめ阻止に回る集団が半数の15人いれば、このクラスは徐々にいじめ阻止の勢力が増えるとしている。15人いれば、2人が阻止に回り、17人になると、さらに4人が阻止に回る。そうやって増えていき、最終的に27人がいじめ阻止に回るというモデルだ。

 ところが同じモデルで最初の数が13人に留まると、反対の現象が生まれる。13人ではいじめを阻止しようという人間が一人減ってしまう。12人になると10人に減ってしまう。10人になると6人に減ってしまう。6人になると、何といじめ阻止組は2人に減ってしまうというのだ。これは頻度依存行動の1つの表れだと説明されている。

 大事なポイントは、これは一人ひとりに思いやりがないとかといった心の問題ではないということだ。そして、日本人の心のありようが変わったわけでもない。頻度依存行動とはこの場合、「ほかの人と同じ行動をとればとるほど、利益が大きく、コストが小さくなる」ことを指す。

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 日本人は、集団に影響されやすい。つまり頻度依存行動が目立つ国民なわけである。もちろん、必ずしもこれは悪いことではない。これまでにこうした傾向が、プラスに作用して日本を発展させてきたという歴史もある。

 しかし、もはやそれではすまされない時代になってきた。