管理職経験のあるシニアであれば、多かれ少なかれ、この自己調整を行いながら、自己を新しい環境で上手く活かすための前向きなマインド形成を行っている。これが上手くできる人とできない人がおり、現場では様々な問題人材が生まれることを、これまで見てきた。

 自己調整の過程は、キャリアトランジションの考え方に沿って、新たな変化への適応を、自己の転機・再生機会としてとらえることから始まる。そして、組織・仕事と自分との“関係を結び直す”ことで、新たな目標や価値観を見出してこの変化を乗り切る。

 この過程は本人にとっては面白くはない。自尊感情の元になっている過去の貢献感や肩書き意識をヨコにおく、新たな仕事・人間関係を受け入れる、給与や待遇がダウンするなど、自分にとって不都合な現実を受け入れなければならないからだ。

 だが、もはやそこにすがって生きることはできない、とわかったら、次はどうするかだ。答えは簡単、自分が今後を生きていくために、あらたな役割・仕事に対する前向きな気持ちや、仲間と働ける喜びなど、別の意味付けを行い、自分なりの「新たな価値観」の発見ができればいいのだ。

【提案5】キャリアは自己の作品
「有終の美」を飾りたい、シニアの本音を引き出す

 話はやや脱線するが、筆者は、50代のキャリアデザイン研修のひとコマに「有終の美」を考えるセッションを入れている。有終の美とは、終わり有るものの美しさだ。ここを後ろ向きな気持ちや、諦めた気持ちで60歳以降の再雇用を迎えてほしくないからだ。

 三十余年働き、50代半ばで役定、定年を前にファーストキャリアは終わる。この最終ステージで有終の美を飾り、あと10年ほどをなんとか、自分の職業人生の集大成の時期として過ごせないものか。

 よく話すのは、画家の人生の例えだ。画家は自分の画業人生の最後の時期に、これまで自分が描いた作品を再度眺めながら、満足できる点や物足りない点、まだ描いたことのない領域を発見しながら、残りの人生で何を描き、自己の集大成として筆をおくかを考えるだろう。

 我々の仕事人生も、画家の人生と似ている。仕事の成果や経験は、画家が生み出す「作品」のようにとらえられないだろうか。仕事は生活のためであったり、出世のためであったり、生きがいのためであったり時期によってその意味は異なる。だが50代も後半に差し掛かる頃、自分の生きてきた証としての仕事経験を振り返ったとき、それは一個一個の作品の積み重ねとして鮮やかに蘇ると同時に、作品を生み続けた自分の仕事人生そのものもまた、自分が作り上げた大きな作品として意識される。キャリアは雪道の馬車が通ったあとの轍(わだち)の跡のようなものと例えられるが、まさに、自分が生きてきたキャリアも大きな作品と捉えられれば、愛おしさと美しさが感じられる。