昨年の10月にスタートしたこの連載だが、昨年中は、企業における雇用保蔵問題(フリーライダー社員問題)を出発点に、現在、そして近い将来のミドル~シニアのビジネスパーソンに顕在化している問題点を指摘してきた。

 年が改まったのを契機に、新春からは、「では、そうした問題点を認識したうえで、私たちはどうしていけばいいのか」という話を、実例も交えながら展開し、皆さんと一緒に考えていきたいと思う。

人生をリセットするには
まずは「能力の棚卸し」が必要だ

 新しく人生をリセットするとしたら、一番大切なことは何であろうか。普通は、「まずは強い思いを持つべきだ」といわれる。「Will」である。果たして自分は何をしたいのか、を考えることであるが、これは間違いだ。間違いというか、無理だ。

 そうした思いが持てるくらいであれば、とっくに持ち、かつ、思いがあるなら行動に移しているはずだ。思いが持てないという頭の構造になっているからこそ、今、悩みはより深まっている。今、自分がやるべきこと、やりたいことが明確な人だったら、多分、私のこの連載は読んでいないのではないか。それでも読んでくれているとしたら、それは嬉しい限りだ。

 多くの人は、やらなくてはならいこと、「Must」に頭をとらわれすぎていて、やりたいことを思いつく余裕がない。たとえ思いついたとしても、それを行うには自分には能力が足りないと思うのが普通だろう。そこで重要なことは、自分の才能、能力について、もう一度、棚卸しをして、認識することだ。

 まず、考えなければならないのが、Will、Can、Mustのバランス。Mustが優勢になっていて、Willがわからない、つまり自分は本当は何がしたいのかがわからないというのが普通だが、この場合はまずCanの棚卸しから始めるのが良い。

 能力は、自分で気がついている能力と、気がついていない、あるいは忘れている能力に大別される。

「あなたは何ができますか?」と聞かれて「課長(部長)ができます」と答えたという笑い話のような現実は、実は明日は我が身だ。彼の頭の中で、できることとして意識している能力は、課長職をこなしているという、ここ数年間の自分の働きぶりと、それに必要とされた能力だけになっている。

 人には隠れた能力がもっとたくさんある。しかし、その中のある重要なパートは、昔は顕在化していたにもかかわらず、人生のどこかの段階で自ら封印してしまった可能性がある。昔はできたが、今はできなくなくなっている、錆びついてしまったようなCanもあるだろう。

 では、能力の棚卸しの本題に入る前に、年齢と能力の関係に関する俗説に疑いの目を向けてみよう。