最後のifは、日本に関するものである。

 この「if」は、アメリカ陸軍のアルバート・C・ウェデマイヤーが論じているもので、日本は1941年に「太平洋でアメリカと事を構える」べきではなかったという指摘である。

 ではどうすべきだったのか。彼は、アメリカではなく、ソ連を攻撃すべきだったと主張する。例として、東部シベリアの要衝の地であるウラジオストックをあげている。

 日本が極東を攻めれば、ソ連は、西からはドイツ、東からは日本という二正面作戦を余儀なくされることになる。すでにソ連の侵攻を始めていた日本の同盟国ドイツは容易にモスクワを陥落し、スターリングラードも陥落できていただろう。日本がアメリカを攻撃しなければ、アメリカの参戦は遅れたかもしれず、イギリスは一国でドイツとイタリアを相手にすることになり、手詰まり状態に持ち込むことができたかもしれない。

 しかし実際には、ヒトラーは日本軍が真珠湾を攻撃したことを知り、喜んだといわれる。しかも、側近がアメリカを敵に回すことが危険だと主張しても耳を貸さず、アメリカに宣戦布告した。ヒトラーに別の戦略眼があったら、日本にはアメリカではなくソ連を攻撃させたかもしれない。

 このように歴史に「if」を置き、シミュレーションを重ねてみると、さまざまな未来の可能性があったことが実感できる。リーダーの、時に賢く時に愚かな決断の連続がその後の未来をつくっていることがよくわかる。

歴史の本質と歴史を学ぶ意味

 このように見ると、「歴史のif」を否定する必要がないことは明らかである。冒頭述べたように、後の後悔ならやめるべきだが、歴史の可能性を探り、未来へつなげることができるなら、構想力の鍛錬に役立つ。

 また、「歴史のif」は、歴史を固定的かつ客観的な出来事とする考え方を否定するものでもある。

「歴史」が各国で異なり、国家間の摩擦の一因となることをわれわれは知っている。実は、歴史は書き手によってその内容が変わる主観的な物語り(narrative)なのだ。過去のどの事実を取り上げ、どう関係づけて物語りにするのか。歴史の物語りは、歴史家の過去と未来への視点、つまり、歴史家の主観や価値観による解釈によって決まるのである。

 20世紀を代表する歴史家E・H・カーは、「歴史とは歴史家と事実との間の相互作用の不断の過程であり、現在と過去の間の尽きることを知らない対話である」(『歴史とは何か』)と喝破した。現在には過去が流れ込み、未来がそこから形づくられていく。現在は重要な転換点なのである。そこには人間の未来に向けた過去の意味づけと、人間自身の行為が必要だ。

 私がノルマンディー上陸作戦にまつわる事実とそれぞれの関係性が織り成す歴史の諸相を見る中で重視したのも、この点である。(つづく)
 

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