「戦争はダメ!」だけではダメなのだ

 十五年戦争についての展示の横には、アウシュビッツや今の戦争(イラクやシリア)などの展示もあった。その横の壁には、ここを訪れた人たちの感想が貼りだされている。

戦争があるから、こうして大切な《命》がなくなっていく。
戦争は本当にダメ!!
戦争を起こさせないようにするには、一人ひとりが平和の大切さを知っておくべき。

壁には訪れた人たちの感想が貼り出されていた
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 見ながら思う。これに反論はできない。維新の議員も、安保法制懇のメンバーも、安倍政権の閣僚も、産経新聞や保守派の論壇誌に毎月のように寄稿する識者や大学教授も、誰だって反論できない。むしろ深くうなずくはずだ。まったくその通りだと。とても正しい。彼らも戦争を起こしたいとは思っていない(はずだ)。でも「戦争はダメ!」だけではダメなのだ。悲惨さを強調するだけでは足りないのだ。

 なぜ被害だけではなく加害の記憶を刻む必要があるのか。戦争のメカニズムを知るためだ。多くの戦争は自衛の意識から始まる。あの国を侵略してやろうなどと始まる戦争はほとんどない。

 戦争の悲惨さを知ることは重要だ。語り継ぐことは大切だ。でも戦争のメカニズムを知らないまま忌避感だけを身につけるのでは、「戦争を回避するために抑止力を高める」とか「戦争を起こさないように自衛力を身につける」などのレトリックに対抗できなくなる。世界で唯一の被爆国でありながら、54基(世界第3位)の原発をいつのまにか保持してしまった理由は、アメリカが提唱した「原子力の平和利用」とのフレーズに応じたからだ。その帰結として原発は増殖し、やがてとりかえしのつかない過ちを犯す。

 自らの加害を意識に刻まねばならない理由は、戦争をくりかえさないためだ。被害と加害の二つの視点を重ねることで、戦争は初めて立体的な視座を提供する。