国家のプライドに直結する歴史問題
感情の対立に繋がる惧れ

 これまで、日本の歴史問題への批判の多くが米国発であったことも忘れられてはならない。たとえば「南京虐殺」問題に火をつけたのは、ロサンゼルスに在住していた中国系米国人アイリス・チャンの著作であったし、2005年の中国内での反日キャンペーンも、日本の安保理常任理事国立候補に反発する中国系米国人の本国に向けたインターネットでの働きかけに端を発すると言われている。最近の慰安婦問題も、ニューヨーク近郊で慰安婦像を建立する韓国系米国人の動きが火をつけた。

 歴史問題は全ての国にとって、国家のプライドの問題であることは論を俟たない。日本の支配を受けた韓国の人々が、日本を毛嫌いする理由はよくわかる。日中戦争で多数の人々の命を失った中国人にとっても、日本は警戒すべき存在であることもよくわかる。

 一方、慰安婦問題や南京虐殺事件があまりに誇張されていると映り、戦後の取り組みが十分に評価されていないという観点で、日本人のプライドが傷つけられていると感じる日本人も多い。多くの中国人や韓国人は「日本は謝っていない」と繰り返すが、皮肉なことに靖国神社参拝問題や慰安婦問題が脚光を浴びて、初めて村山談話や河野談話の存在が中韓の社会で明らかになったのである。

 私は安倍政権が歴史を歪曲する意図を持っているとは思わないし、歴史修正主義に走っているも思わない。また、前述した日本についての色々な捉え方も、正鵠を得ているとは思っていない。しかし、歴史問題はナショナリズムに火をつけやすく、冷静に事実関係を議論する前に感情の対立となってしまうことには、留意する必要がある。

 さらに中国は、「歴史問題を捉えて日本を批判することが、共産党統治の正統性を増す」、また「『新型の大国関係』を目指す相手である米国との間でも、共鳴し得る事項である」と考えている気配があり、歴史問題で日本批判の口実を与えることは避けなければならない。