放送録音の「庭の千草」が最後の歌唱

 例外は2 トラック。

18. 庭の千草(里見義訳詞、ムーア作曲)
19.「プッチーニの想い出」(談話)~三十三間堂(俗曲)

 このトラックはNHKが1944年、亡くなる直前に録音したものだ。連載第61回に書いたように、こういう経過だった。

 4月5日、NHKの依頼で「冬の旅」全曲を録音する。

 4月9日、NHK第1スタジオで「蝶々夫人」の「ある晴れた日に」、「ハミングコーラス」、「プッチーニとの思い出を語る」、義太夫「三十三間堂棟由来」から「木遣歌」、「蝶々夫人」より「操に死ぬるは」を録音した。舞台裏に簡易便器を用意していたそうだ。

 4月16日、NHKが3回目の録音。「庭の千草」、「ケンタッキー・ホーム」、「ホーム・スイート・ホーム」(「埴生の宿」)などのポピュラー曲を収録。

 4月25日、東京大学附属病院泌尿器科に転院。

 5月26日、永眠。63歳だった。

19.は、4月9日にNHKのスタジオで「ある晴れた日に」などとともに録音された。伴奏は日本交響楽団、指揮はクラウス・プリングスハイム。4月13日に放送されている。没後の6月にも放送されたという。

 談話は、「蝶々夫人」の一部をオケが演奏しているなかで収録されている。1920年4月、プッチーニに会ったときの話が中心で、まるで童女のような可愛らしい声で語っている。とても病床の声とは思えない。談話の中でプッチーニに聴かせた「木遣歌」を少し歌う。力強く、節回しも美しい。

18.庭の千草が最後の歌唱録音である。プリングスハイムのピアノ伴奏による。日本語。インテンポではなく、少し遅らせてゆったりと歌う。ビブラートもゆっくりかけ、自由に語るように歌う。最後の録音だと意識していると聴こえる。名残を惜しむかのように、静かに終わる。

★参考文献★

小杉天外『魔風恋風』(新潮文庫、1938、初出は春陽堂1903-04)
三浦環『歌劇お蝶夫人』(音楽世界社、1937)
服部良一、古賀政男、堀内敬三ほか『ジャズ音楽』(アルス、1939)
『日蓄(コロムビア)三十年史』(日本蓄音器商会、1940)
吉本明光『三浦環のお蝶夫人』(音楽之友社、1955、初出・右文社、1947)
コロムビア五十年史編集委員会編『コロムビア五十年史』(日本コロムビア、1961)
帝劇史編纂委員会『帝劇の五十年』(東宝、1966)
福田俊二『日本流行歌年表』(彩工社、1968)
日本ビクター50年史編集委員会編『日本ビクター50年史』(日本ビクター、1977)
瀬戸内寂聴『お蝶夫人(小説三浦環)』(講談社文庫、1977、初出・「宝石」1968年1月号-12月号、光文社)
小林一三『宝塚漫筆』(阪急電鉄、1980、初出・実業之日本社、1960)
北中正和『ロック』(講談社現代新書、1985)
倉田喜弘『日本レコード文化史』(東京書籍、1992)
CD「伝説のプリマ三浦環~デビュー盤から最後の録音まで」解説書(おんがくのまち、1993)
高橋巌夫『永遠の蝶々夫人 三浦環』(春秋社、1995)
山田耕筰『自伝 若き日の狂詩曲』(中公文庫、1996、初出・講談社、1951)
古関裕而『鐘よ鳴り響け』(日本図書センター、1997、初出『鐘よ鳴り響け 古関裕而自伝』主婦の友社、1980)
松井須磨子『牡丹刷毛』(日本図書センター、1997、初出・新潮社、1914)
團伊玖磨『私の日本音楽史』(NHKライブラリー、1999)
高野正雄『喜劇の殿様――益田太郎冠者伝』(角川選書、2002)
三和良一、原朗編『近現代日本経済史要覧』(補訂版、東京大学出版会、2010)